先住民族の人々からいただいたこと(2023/12/1)

先住民族の人々からいただいたこと

マリアの宣教者フランシスコ修道会 青木青子

この静かな村での足かけ11年の宣教体験は、神様が貧しい人々を特別に祝福され、導いておられることを実感する日々でした。この村に住む先住民族の人々たちからいただいたこと学んだことを分かち合いたいと思います。

1 驚くほど寛容な人々 自然との共生の中で災害に見舞われたり、天候に左右されて暮らしてきたので、生活の不便さや突然の変化を文句も言わずに受け容れられることに感心します。昨年の冬、雨不足のため山の湧水が枯れてしまい、私達の共同体は水の確保に時間と労力を奪われキリキリしていました。私たちが困っているのを知って、足場の悪い崖を歩いて水道管の修理をしてくれたのですが、後でたくさんの家庭が一年中水不足であることを知り、貧しさを生きるはずが便利さを追求している私達の姿をみせつけられたものです。貧しいのに自分で育てた野菜や狩りで仕留めた“動物”(名前を聞いてもわからない!)を差し入れてくれたりと私達は生活面でお世話になりっぱなしです。でも突然自分の子供が友達を連れてきて狭い家に何日も寝泊まりしたり、集まりに遅刻をして迷惑をかけられても一言も文句を言わない、言えないという欠点を抱えて我慢してしまう人たちでもあります。

2 教会に集う青年たち その昔高校生中心の青年会が教会に寝泊まりした最後の晩に、私がタバコの小箱を見つけて誰のものかと問い詰めたら、30人の中高生が誰も口を開かず、2時間その部屋で本人が名乗るのを待ったことがあります。最後に「もう本人は十分の罰を受けたから責めないけれど、私は騙されていた気持がして悲しいよ。」と伝えて部屋を出た後、私が信頼を置いていた三人の高校生が、泣きながら「シスターごめんなさい」と追いかけてきました。この体験は私が青年たちともっと本気で関わるきっかけを作ってくれました。青年会では性の問題と教会の教えを学び話し合う機会を設けています。いわゆる同性愛志向の青年がなぜかどの先住民族も多い台湾です。私達の教会でもたくさんの青年がその問題を抱えています。教会の中で受け入れられて、活躍する場もあり青年会という共同体は育ってきているのですが、個人としては困難にぶつかると信仰がまだそれを克服する力にはなっていないのが現実です。でも神様から離れたらだめなんだということは肝に銘じていて、転んだら赦しの秘跡を受けてまた頑張る青年たちが大人になってゆくのを見守っております。時には騙されていますが、それを赦すチャレンジを神様からいただいています。

3 自分たちの文化を大切にする教会 先住民族は今でも自分たちの言語を生活の中で使っています。でも若い世代にとっては中国語が自分たちの言語であり、大人たちが話す言葉(母語と呼んでいます)はまるで外国語。学校や外の職場で母語のアクセントに影響された中国語を話せば笑われる事もあって、母語を学ぶ意欲がないのが現実です。この数年政府が先住民族の文化の継承を推進していて、教会でも典礼やそれぞれの集まりで母語を使用するように推奨されています。ミサや聖書の中で日本語がたくさん使われていることもあって、私も一緒に聖歌を通じて学んでいます。大人たちが自分たちの文化を誇りとしているのを見るにつけ、自分のアイデンティティを肯定するためにも若い世代がこの文化を守ることを応援してゆきたいと思っています。