ボリビアからのお便り(サンファンにて)サレジアン・シスターズ シスター小浜 静子
海外宣教者を支援する会の皆様主の復活祭のおよろこびを申上げます。 いつも私たちの宣教に対するご理解とご協力、本当に心から感謝申上げます。ご復活祭に当たり皆様おひとり一人の上に復活なさって、主キリストの恵み光が豊かに降りますようお祈り申し上げます。送っていただく日本語の雑誌、有り難うございます。サンファンの信者さん、特に一世の方々は喜んで読みます。 四旬節の初めに信者さんのために西沢神父様に黙想会を指導して下さいますよう依頼しましたが、大雨が降るとサクラダコラソンの村を出ることができないので、天気と相談しなければならないことになりました。信者さんにその旨を伝えて、日時を決めて、お祈りいたしました。神様はその祈りを聞き入れて下さり、その一週間は雨が降らず、黙想会を無事に終えました。平日でしたが、30名の方が参加してくれました。 ボリビアは昨年と同じく、今年も雨が多くて、被害で多くの人々が苦しんでいます。サンファンの信者さんは、サクラダコラソンの村(西沢神父様のミッション)のために多くの寄付をして、四旬節の愛の業にも努めました。オキナワ・コロニアもリオグランデ河が氾濫し、大きな被害を受けました。 復活祭の後、貧しい僻地の学校を訪問したいと思っていますが、今はこのような増水のため道が壊れて、自動車が通れません。サンファンの信者さんに卵を寄付していただき、それをサンタクルスの学用品屋さんに売って、学用品を買い、2月の新年度に50名のサンサルバドールの子供たちに配ってもらいました。直接手渡したかったのですが、道が通れませんので、ヤパカニの信者さんで、そこの学校の先生をしておられる方に頼みました。今度そこに行ったら、写真と原稿を送りましょう。 NHKのニュースを観ていますと、全世界が異常気象のようですね。いつでも、どこでも貧しい人々がその被害を被るのです。被害を受けた貧しい人々が安心して復活祭を迎えられますよう、祈りたいと思います。今後ともどうぞよろしく。 コンセプションの風景 2008年3月10日
ブラジルからのお便り(サンパウロにて)宮崎カリタス修道女会 シスター浜崎 和子
ラール・サント・アントニオを御支援くださった皆様へ皆様、お元気でお過ごしのことでしょうか。キリストの復活祭を前に、今回は感謝と喜びのお便りをしたためております。 先だって、私どもラール・サント・アントニオのお願いをお聞き入れくださり、御支援くださったことを深く御礼申し上げます。皆様からお贈りいただきましたご寄付を合せて、このたび写真のように、敷地囲いと、鉄製自動門、敷地照明を完成させることが出来ました。喜びをあわせ、重ねて感謝申し上げます。これで敷地内への無法侵入や暗がりの問題が解決いたしました。 年末までにプロジェクトの子供達の中からも、この企画に廃品回収などで積極的に協力してくれました。地域の民間からも古着バザーで支援するなど、多くの方々の篤いお心でラールの大幅敷地囲いや敷地内の照明、鉄製自動門を完成させることができました。日本国の海外宣教者を支援する会の皆様のご支援に応えるために、地元の人々も動き出しました。廃品回収の積み立てが始まったのです。この体験が確実に新しい力を生み出していくことになるでしょう。善意は善意を呼ぶものですね。 3月になって新学期が始まり、プロジェクトの子供達150名を迎えることができました。ラールの敷地周囲が見違えるほどきれいに出来上がり、明るい照明、開閉する鉄製自動門を珍しがって、出たり入ったりして喜んでいる子供達もいました。これで夜間は暗やみだったラールが昼間のように明るくなり、今度は電灯の節約を子供達と考えるほどになりました。 幼い時から麻薬の運び屋、暴力、薬害者、殺しなどの暗い現場で育つためでしょうか、ひどく荒んでいたり、あだ返しや復讐などが生活の中に頻繁に出てきたりしますが、プロジェクトの中で年齢に応じたカテケーゼ、学校の宿題の手ほどき、心理療法、健康指導、P.C.教室、音楽指導、廃品を利用した手芸、絵画、工作、調理、ダンス、スポーツ等と各先生によって生活指導が進められ、一人ひとりが大切に慈しまれています。何よりもこの施設プロジェクトで、昼食を安心して充分にいただけることが毎日プロジェクトに通う子供達を落ち着かせるのではないでしょうか。毎年、学年末になると、生活の中に大切なものがあることを理解して行くようです。 社会の底辺に押し出され、過酷な生活の中で惨めさにまみれた少年少女たちに喜びや希望のきざしが見えるとき、私たちにとっても喜びが幾重にも大きく広がり、キリストの希望を眼前にいたします。この喜びをご協力いただきました海外宣教者を支援する会の皆様に是非お届けしたいと感謝をこめて出来上がった様子を写真でご報告いたします。 プロジェクトの子供達が暗い環境のもたらす陰に負けず、幸せに向かって強く生きることを学びとり、成長して行くことを心から願っています。ご支援くださる海外宣教者を支援する会の皆様がこれからも、プロジェクトの少年、少女達の心身のよき成長へのお祈りのご支援をいただけますよう!! 皆様の寛大な御協力に神様が豊かにお報いくださることをお祈りいたします。キリストの復活祭を前に、感謝をこめて。
2008年3月14日
シエラレオネからのお便り(ルンサにて)御聖体の宣教クララ修道会 シスター根岸 美智子
いよいよキリスト教のカレンダーでは四旬節第5週目になりました。このお便りが郵便で皆様に届く頃は復活祭になりますね。それで主の御復活心からお祝い申し上げます。これはパウロが宣教した時も復活の話になると多くの人が笑って後で聞こうと去っていったそうですが、たしかにキリスト教になじみのない方にとっては信じがたい事ですね。でも自然も今は春の復活を知らせていますね。さなぎが硬い繭をけって美しい蝶になるように、3月4月は自然も主の復活を讃えているかのように感じます。復活祭の前の40日間は生活を改め、悔い改める期間でもあります。また、犯した過ちをつぐない良い時でもあります。犠牲心の少ない私などは神様がちゃんと準備してくださるようです。軽い交通事故で打撲症その後、風邪を引いて咳こんこん、そしてマラリアで高熱と下痢。やっと峠をすぎたら薬の副作用でしょうか、手足がかゆくてぼりぼり、まるであざだらけになったようでした。 そして不注意と不賢明の私は乗っているホンダ三輪車のバッテリが下がり、動かなくなったので、久しぶりに自転車に乗りましょうと挑戦。若い時は自由に乗れましたのに、今はハンドルの低い、乗る所の高い自転車でしたので、足が上がらず、こんなはずはないと挑戦。見事に乗ったのはいいのですが、コントロール出来ず、すってんころりん。放課後でしたので誰もいませんでしたが、数人の職員が危なそうな私を見ていました。その前ですってんころりん。皆びっくり、膝から血を出したので皆大騒ぎ。私はそんな事より恥ずかしさでいっぱいでした。皆に起こされ、もう歳なのだということをしっかり自覚しなければと、びっこをひきながら家にもどりました。 という具合ですが、でも御復活にはもうきっとすべて元気になれるでしょう。これが最近の私です。よろしく。 皆様のご家庭でも御卒業新入学、入社と希望の月をお迎えの方もきっといらっしゃいますね。心からお祝い申し上げます。新しい人生を元気よく歩まれますように。 この時期、こちらは乾期の真っ最中。いたる所で井戸の水が枯れてきています。幸い私たちの学校は毎年井戸が枯れた事がありませんが、この頃には近所の人でいっぱいになり、水も制限しなければなりません。水の尊さをひしと感じるこの頃です。 昨日は祈りの集いに行きました。家庭訪問です。この家庭は広くない庭になんと犬が5匹、ヤギが6匹、にわとりとたくさんのひよこがおそらく50羽、それに猫君2匹、集まった子供たちは25人、大人が15人の祈りの集いでした。聖書を読み出すと、コケコッコーというにわとりの伴奏、それに続いてメエー、ワンワンとまあにぎやかな祈りの集いでした。座っている足の所にたくさんのひよこがやってきます。まさに平和のしるしだなあと思いました。でも、私がここに戻ってきた2002年には、犬1匹生存していなかったのですから、このように動物が増えただけでも進歩ですし、平和のシンボルと感謝しています。 こちらでは毎日、誰かが亡くなっています。無知や貧困が多くの生命を失う原因となっています。いつになったらアフリカの人が不自由なく生活出来るようになりますか、その道のりは遠いです。でも皆様の愛のご支援に支えられ、希望を持って歩み続けています。皆様ありがとうございます。これからもどうぞよろしく。 5月には私は少しの間だけ日本に帰ります、お目にかかれればうれしいですが、治療などでほとんど日がありませんが、お会いできればうれしいです。 2008年3月14日 ドイツからのお便り(ニュールンベルグにて)聖パウロ女子修道会 シスター比護 キクエ
主のご復活おめでとうございます。
お元気で日々をお過ごしのことと思います。私もお陰さまで元気です。
16年ぶりでのニュールンベルグのご復活祭、自然も美しく、毎日癒されています。ドイツ語も満足に話せず、緊張と希望の入り交じった状態で始めたドイツでの初めての生活。その地に再び戻ってきて、当時を懐かしく想い出しています。
皆様もどうぞ主の恵みのうちにお元気で。祈りと感謝のうちに。
2008年3月17日 パラグアイからのお便り(ピラポにて)聖霊奉侍布教修道女会 シスター林 静子
†主の平安!ローシャイタ神父様を初め海外宣教者を支援する会の皆様、ご復活おめでとうございます。 何時も「きずな」を、そして先週は美しい日本のカレンダーをお送り下さいまして、有り難うございました。1月15日に日本の郵便局で発送して下さったカレンダーをようやく3月半ばに受け取りました。子供の絵のついたカレンダーは幼稚園の教室に飾りました。また、美しい日本画のついたカレンダーは寝たきりの信者のご病人に差し上げましたところ、とても喜んで下さいました。日本で生まれた一世の方たちには、日本のものは特別に郷愁を覚えると思います。 今年は幸いに天候にも恵まれ、ただ今5年ぶりに豊作で、皆一生懸命に大豆を刈っております。輸出向きとして胡麻やひまわりも最近栽培されております。 パラグアイで日本人一世のために働くシスターたちも少なくなりました。クルッカ神父様も2月初めにアスンシオンの大神学校に転任されました。一世のスペイン語の分からないお年寄りの方たちに必要なので、アルゼンチン・ミッショネスに働いていらっしゃる神言会の北島神父様にお願いして、4月から1〜2か月に1回くらいピラポ移住地に応援に来て下さるようお願いしました。 一世の日本人は50年くらい前に移住して来た時は、生活も厳しく、学校に行くこともままならず、スペイン語を覚えることができませんでした。それでスペイン語のごミサに与っても、説教の意味も分かりません。生活上必要な税金とか商取引などは殆ど二世の息子さんたちに任しております。最近は回覧板も日本語とスペイン語の両方で書いて回すようになりました。 日本人子弟は日本語も学校で習って、能力試験なども受けており、日本から奨学金をいただいて、喜んで日本に勉強に出かけております。3月14日の飛行機で私の教え子も1人東京に参りました。東大の農学部の栄養科で4月から勉強することになったのです。こちらの高校を卒業したばかりの若いお嬢さんです。一人では心細いので、おばあ様が日本まで旅行に付いて行かれました。信者さんですが、日本に行ってからも教会を訪れるのを忘れないようにと、言っておきました。 この国ですと、聖週間も木・金・土と学校もお休みで、テレビ番組もキリスト様のご死去やご復活について放映いたします。ところが、日本のようにカトリックに無関心の国ですと、いつの間にか蒸発信者になってしまう率が大きいようです。 昨年当地から日本にお帰りになったシスター宮入は、ただ今豊田の聖霊会支部に転任になり、そこで滞日外国人のお世話をしておられると伺いました。やはり日本の社会の現実は厳しく、外国から行った人たちは苦労しているのでしょうか。お年寄りなどは人情味のあるブラジルやパラグアイの方がずっと暮らしやすいのではないかと思います。 ご復活の主イエズス様が皆様のお働きの上に豊かな祝福を下さいますよう、お祈り申し上げます。聖霊のおんいつくしみによりて。 2008年3月18日 |