マダガスカルからのお便り(アンボヒナオリナにて)マリアの宣教者フランシスコ修道会 シスター遠藤 能子
主キリストの平和がありますように狭い事務所で世界に向けて私ども日本人の宣教者の方々のために祈り、援助の手を差しのべ続けられておられますこと、心から感謝しています。心は場所に関係なく広く、そして深く、暖かく保つことができますからね・・・。 本日、日本管区を通じて50万円の申請が許可されたことを知らせる通知が届き、感謝の気持ちで一杯です。 すでに緊急を要する輸送患者が出ています。私は修道院に入れるべき分を延長していただき、患者を助けたいと思い、この患者に利用することを決断しました。幸いその人はその後、順調であることを家族を通じて知り、共に喜び感謝しております。前借りするに当たっては、聖書に貸す時には返却を希望しないようにと書いてありますが、返却されたら次の患者を輸送するのに回すことができますから・・・。 貧しい家庭の主婦が結核に冒され、その上子供たちはまだまだ小さいのです。悪化をたどる一方のこの母親に一日も早く治療を受けさせてあげるために、どうしても援助の手が必要です。 私がこちらに帰ってから、この母親の弟さんが28歳の若さで結核のため亡くなり、これで一家の内4人が結核で亡くなられているのです。どうして彼女に援助の手を差しのべずにいられましょうか。 農繁期の今、マダガスカルでは農家の人々は経済的に貧困のどん底にいます。診療所も支払える時に払っていただくというシステムにしています。それでないとお金がないからという理由で、もう最悪の状態、手遅れの状態でやって来ます。どうしてこんなにまで・・・と言いますと、皆さんお金がないから来られなかったと同じ答えを出します。そのことをもう知っている私はどのように対処したらよろしいでしょう。 こうして彼女にある金額を差し上げ、結核の治療のために送りました。もう一人は前立腺肥大の患者で、緊急に輸送しました。もう一つのケースは20歳の精神病患者の治療です。父親に見放され、貧しい女の手でどうして治療が長期に及ぶのに対処して行けましょうか? どの青年も次のチャンスにリストに載せて、独り立ちできるようにと母親と話し合っています。日常生活が送れるようになるまで援助したいと思っています。 「会」の皆様、本当に海外宣教者を援助し続けてもらって有り難うございます。一人でも自立への道を開き、日常生活が可能になるということは素晴らしいことですね。 希望と感謝のうちに。ろうそくの下での乱筆乱文をお許し下さい。 2003年11月08日
ブラジルからのお便り(ロンドリーナにて)ベタニア修道女会ロンドリーナ修道院
皆様お元気でお過ごしのことと思います。シスター松本 圭世・和田 しず枝・松永 泰子 ブラジルでの私たちの活動のためにいつも大きな協力と支えをいただいておりますことを心から感謝申し上げます。 この度、今年度の活動を終えてからブラジルを引き揚げることになりました。コロニア・エスペランサでの日系司牧、その後スラムの保育所で16年間多くの方々に助けられて、続けることができました。 昨年からパストラール・デ・ナザレとして、スラムと地域の子供たちに手仕事などを通じて関わり、70名も集まるようになっておりました。何らかの形でこのパストラールが続けられるようですので、嬉しく思っております。 12月には日本に帰ります。また、新たな気持ちで求められる活動に励みます。今まで本当に有り難うございました。心から御礼申し上げます。 パストラール・デ・ナザレの活動状況 2003年11月25日
カンボジアからのお便り(シェムリアツプにて)ショファイュの幼きイエズス修道会 シスター黒岩 あつ子
十主の平安日本は寒さに向かい、こちらは暑さに向かう頃になりました。お変わりございませんでしょうか?いつも私たちのためにお祈り、ご援助で支えてくださいまして有難うございます。お陰様で後1ケ月足らずで1年を迎えます。「一日、一日」と思いながら過ごしての1年ですから、驚きと喜びと感謝、そして感動を覚えます。また援助金をいただいての活動から5ケ月が経ちました。 現地の援助者がいるとは言え、特に言葉や、生活習慣の相違によるコミュニケーションの難しさの中で、私たちlことっては未知の手探りの歩み(活動)を始めた日、つまり栄養・健康管理の支援として食物の補給(お粥の供給)を始めたあの日(7月1日)、活動の場であるプノム・クラオム(トンレサップ湖畔)に向かうトラックの上で、胸が熱くなり、いつしか涙が頬をつたっていたことが思い出されます。 日毎の変化、その日、その時にならないと状況が分からないため、予定、計画通りにはまず行うことができないという難しさを体験し、その都度、その都度の対応に四苦八苦。問題にぶつかった時には、悩みに悩みますが、そこから色々なことを学ぶきっかけとなっていることが分かると、励まされています。 さて、援助金を頂いた活動についてですが、何しろ全てが初めてのこと、全部を同時に始めることは無理でしたので、状況を見ながら、徐々に行うことにしました。まず初めに行ったのはボボー(カンボジアのお粥)です。お店から購入せず、センターを管理して下さっているおばさんに作ってもらうことになりましたが、水っぽく、野菜類が殆ど入っておらず、余りにも栄養価の低いものでした。それで、シェムリアツプのカリタス・カンボジアが子供たちの健康のことを考えて作っているボボーの作り方を教えてて頂き、そのレシピに従って作るようにお願いしました。2・3回様子を見ていましたが、野菜の多いボボーは食べ慣れていないため、食べ残す子供が結構いるので、如何したものかと早速悩みが生じました。そこで関係者たちと相談し、ボボーに関する説明会を開くことにしました。 特に野菜の栄養価について話し、健康のためにどれほど良いものであり、必要で大切であるかを大人にも子供たちにも理解してもらえるようにしました。その結果は見事に功を奏しました。子供たちは健康のことを口にするようになり、食べ残しもぐっと少なくなりました。 学校の授業が午前のクラスと午後のクラスに分かれているため、火曜日の午前と午後に行っていましたが、学校に行っていない子供たちが午前も午後も食べに来ていることが分かりましたので、より良い健康のことを考え、火曜日の午前と金曜日の午後に変更しました。幸い今は落ち着いた状態で続いています。 次に行ったのは、新学期を迎えるに当たっての学校へ進学するための支援です。識字教育を行なっている先生たちの協力を得、支援の必要な子供たちをリストアップし、サイズを調べ、制服を買い揃えました。どのようにして手渡すかも問題でした。結局、一軒、一軒廻って届けることになりました。制服を手にした子供たちの笑顔が印象的でした。私達も嬉しくなりました。 もう一つは、ミルクによる栄養補給です。私たちの予想とは異なり、いざ始めるとなって、どんなミルクにするか、どのように配るかが問題になりました。話し合った結果、栄養面から考え、豆乳が一番いいと言うことになったのですが、今度はどのように豆乳を得るかも問題となりました。 おばさんの協力を得て、手作りに挑戦してみましたが、量が多いこともあってなかなか思うように上手に作れず、前回(4回目)よりお店で購入して供給することにし、しばらく様子を見ることにしました。 とにかく、何をするにも私たちの考えとは異なり、予想もしないような問題にぶつかるのです。中でも生活習慣、考え方の相違による問題は簡単には処理できず、解決に向けては時間、寛容、忍耐、希望が必要だと感じています。 躓き、転びながらも一つ一つのことを実現していくことが出来、感謝で一杯です。 どうぞこれからもお祈り、ご支援をよろしくお願い申し上げます。 感謝のうちに祈りつつ。 ボボーのサービスに「チュガニュナ(美味しいね)」の声。
2003年11月25日
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