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KIZUNA 日本カトリック海外宣教者を支援する会 JAPAN CATHOLIC ASSICIATION FOR AID TO OVERSEAS MISSIONARIES





『南米』






『四旬節のテーマ「連帯と平和」』

〜ブラジル(マリンガ)〜
愛徳カルメル修道女会 高 澄子

 ブラジルでは1月は夏休み、今年の四旬節は早く来て、2月8日がカーニバル。ブラジルの方々はそれらの休みが済まないと、働き出さなくて、婦人会の活動も2月22日から開始しました。学校は2月14日頃から始まりました。こちらは朝は涼しく、17〜18℃位で、日によって違いますが、午後になると28〜30℃位です。
 今、私は白内障の手術の準備とリュウマチの治療をしています。歳は若くならないので、日々与えられたものと共に喜んで働いています。
 四旬節兄弟愛運動「連帯と平和」、それぞれのグループで祈りと実践に取り組んでいます。マリンガの街はますますきれいに、大きくなっています。2月6日にはとなり町マリアルバの教会に招待され、マリンガのグループが出かけました。「ニッポンーブラジリア」のミサが行われ、その中で日本26聖殉教者の小さな劇もあり、それがとてもよく出来ていて、マリアルバの信徒の方々も喜ばれました。坂本エリョたけみ神父様(第3代マリンガ日系司牧主任)は、まだまだ他の街へも出かける希望を持っておられ、若くて元気で頼もしい限りです。

坂本神父様とマリンガの信徒グループ、聖歌隊による26聖殉教者の小劇と共に捧げられたミサ
坂本神父様とマリンガの信徒グループ、聖歌隊による26聖殉教者の小劇と共に捧げられたミサ






『新しい小教区からご挨拶』

〜ブラジル(ツパン)〜
マリア会 青木 勲

 ここツパン市での新しい小教区の司牧に就いて3か月経ちました。町の中心にある「聖ユダ教会」と、15km離れた田舎の「良きイエズス」に奉げられた小さな教会を管轄しています。さらにそれに付属する田園地域の6個の小さな小聖堂が私たちの担当の責任範囲です。司祭は私と助任のジョアン・カルロス神父、学校の先生アドリアーノ修道士の3人です。まだ全部の小聖堂を廻りきれておりませんが、田舎の教会は「過疎化」の余波をもろに受けて、若い世代はほとんど都市へと流出し、年老いた老人と婦女子ばかりです。
 前任地、人口45万のバクルー市と比較すれば、まだ「宗教色」と「キリスト教の伝統」が薄れつつあるとはいえ、一般信徒の脳裏にまだ「聖週間」に対する尊敬とノスタルジーが感じ取られます。世俗化の「津波」は直ぐそこまで来ており、バクルー市では「聖金曜日」に私たちの直ぐ隣のバーでは、シュラスコ(焼肉)の煙とビールさらに人々の罵声がまったく無宗教の町のように行き交っておりました。
 でも、ここツパン市はまだ静かに聖週間の典礼に合わせた厳粛なたたずまいで、素朴さと敬度さで典礼行事に参加しています。恐らく日本では想像もつかないでしょうが、この聖週間のひとコマをご紹介したいと思います。
 「枝の主日」に私たちの小教区を5組の地区に分けて、同時刻にそれぞれの地区から十字架とローソク、さらに共同体のカードやシンボルをかざして行列を開始し、教会前の広場に参集して、「枝の祝別式」を行い、聖堂に入堂。5台の車に搭載したスピーカーの簡易放送システムで、小数区全体が祈りと賛美歌の「広範囲同時宣教化」のマス・カテケーゼに挑戦しました。家にいた「聞きたい人」も「聞きたくない人」も、祈りと聖歌の歌声を聞かされました。反応は「新しさ」もあり、とても好評でした。何十年も教会にご無沙汰していた多くの人々が、その後の典礼行事に参加してくれました。当日教会に入りきれないほど人が一杯でした。
 「聖水曜日」には、今年の四旬節の兄弟愛運動である小グループでの祈祷会を締めくくるための合同集会。18のグループがそれぞれ実行したことの報告会を兼ねた典礼祭儀、祈りと聖歌と経験の交換会、南米の基礎である「共同体」の方法論の見る・判断する・実行する・祝う・反省するの実践の場となりました。
 「聖木曜日」は聖体の制定と司祭職の制定・洗足式・真夜中までの聖体礼拝。今年はそれぞれの使徒活動の責任者がそのグループの奉仕者の足を洗って、相互協力と奉仕職の聖書の意味を味わいました。私は修道院の賄婦をしている奥様の足を洗いました。最後の晩餐を記念をして「聖体の制定」と司祭職の意味を考えて24時まで様々のグループに分けて「聖体礼拝」を続け、翌日は6時から13時まで1時間ずつ分担して、祈りと黙想を続けました。
 「聖金曜日」の午後3時に、キリストの十字架における愛の極みの「十字架の礼拝祭儀」を行ない、全世界の救いを祈りました。19時には青少年による「キリストの死」の野外受難劇を教会の玄関前の階段を利用して上演。約2000人の信徒が警察の先導車を先頭に、恒例の花で飾られた「キリストの十字架上の死のご像」を担いでの「十字架の道行き」。教会から出発して約1時間半、15留の祈りと黙想の行列が続きます。3台の車に無線放送で教会のデスクから流される祈りと聖歌や各留の黙想を通行の群集に伝達しつつ、進行します。真っ暗な夜道にローソクを灯した「群集」による祈りと聖歌の行列で、正に南米の宗教心の圧巻ともいえましょう。
 「聖土曜日」の典礼はとても多彩で、内容豊かなものですが、信者の足は金曜日と比較すれば4分の1に減ります。
 「復活の主日」には、私たちの教会は本来、使徒伝承による復活信仰の宣教の教会であるべきでしょう。使徒たちは復活の証人として生まれ変えられましたし、勇気を与えられました。私たちは今、復活節にのぞみ「唯一」「聖なる」そして「使徒伝承」の教会の宣教的、しかも派遣された教会の使命を行きぬきたいと思います。






『福音センターに壁ができて』

〜ブラジル(タピライ)〜
タピライのカテキスタ会 箕浦 まさ

 以前「支援する会」から援助していただきました「タピライの福音センター」で、聖カタリーナのお祝いのバザールが行われました。未だセンターは完成してはおりませんが、主任司祭によっての祝別式も行われました。福音センターは、写真のように道路に面した方の壁ができて、当日はとてもよいお祝いができました。ただ、ジルセウ神父様の転任が決まって、信者は泣きながらお別れをいたしました。
 今は、新しいアレッシャンドレ神父様が後を継がれました。ありがたいことです。神父様は、去年神父になったばかりの方ですが、きっと立派に後を次いで仕事をなさっていただけると思います。
 ロイシャイター神父様や「支援する会」の役員、会員の皆様方に改めて心からの感謝を申し上げます。神と人への無私の愛なくして、だれがこんな、陰の隠れた難しい支援の仕事を長いこと続けられるでしょうか。感謝と共に神様の豊な祝福を皆様の上に祈りながら。

皆様からの支援で屋根と後ろの壁ができた福音センター
皆様からの支援で屋根と後ろの壁ができた福音センター






『日本語の書籍に感謝』

〜アルゼンチン(プエルト・エスペランサ)〜
神言会 北島 泰治

 当地は夏の真っ盛り(3月)です。毎日最高温度は360〜380℃のこの頃です。その上、今年は何十年かぶりの早魅で、山林の多い当ミシオネス州では、あちこち山火事が発生しております。また、飲料水にも不足する所も出ています。恵みの雨を待望している毎日です。
 いつもカトリック雑誌を送付していただいておりますこと、心より厚くお礼申し上げます。今年に入り、1月20日・27日、3月4日と受け取りました。3月15日に『きずな』90号をいただきました。今は日本語の書籍に浸ることができますことを、一同心より感謝しております。皆様の心からの暖かいご支援に重ねて厚くお礼申し上げます。(代筆:山田哲士)

結婚記念日の祝別
結婚記念日の祝別






『最近、和太鼓が人気』

〜パラグアイ(エンカルナシオン)〜
聖霊奉侍布教修道女会 林 静子

 この度、カトリック新聞、家庭の友、カトリック生活、あけぼのなどお送りくださり、ありがとうございました。これらの雑誌は一世の日系人が大変喜んで読んでおります。「子じか」は日本語を勉強している中学生、小学生が読みます。本当にありがとうございました。日本語をあまり読まないのは30代、40代の二世たちで、小さい時に開拓の犠牲となり、勉強する機会に恵まれなかったためでしょう。コロニアでも一世の方たちは、一応成功した人たちで、ゆとりも出来てきましたので、読書をしたり、老人クラブに通ったり、ゲートボールをして、余生を楽しんでおります。
 三世の子供たちは日本語を学んで、日本に留学したいという夢があります。一般に町の子供よりもコロニアの子供の方が、日本語も上手です。洗礼を受けたいからとのことで、ボツポッ教理を学ぶ子供もおります。何と言っても、移住地の子供たちの問には未だ麻薬も入り込んでおりませんし、スポーツや最近流行になっている和太鼓のお稽古をしております。人情も昔の日本のよさが残っておりますので、日本から訪問されるお客様も感心しておられます。
 パラグアイでは2月24日から新学期が始まります。では、皆様のご健康を祈りつつ、ペンを置きます。

クルッカ・ホワキン神父によリクリスマスに日系人のために捧げられた、私の教え子がその日に受洗。
クルッカ・ホワキン神父によリクリスマスに日系人のために捧げられた、私の教え子がその日に受洗。






『ご支援に心から感謝』

〜ペルー(リマ)〜
礼拝会 川俣 恭子

 本日、帰国された加藤神父様から、貴会よりの援助金を確かに受け取りました。暖かい、心強いご支援に心から感謝申し上げます。この貴重なお金は、3月から始まる「マリア・ミカエラの家」のクラスに集まってくる女性たちのバス代の半額援助と、おやつのパン代、および緊急援助金として使わせていただきます。
 厳しい環境での生活を余儀なくされている彼女たちにとって、このバス代とパン代の援助は大きな助けになっております。そのおかげで、安心して訓練所に通って来ることができるのです。本当に有り難うございました。いずれクラスが始まりましたら、4時のお祈りの集まりのときに、日本の会員の皆様がどんなに彼女たちのために祈り、支援してくださっているかを説明して、励ましてあげようと思っております。どんなに喜ぶことでしょうか!感謝のお祈りのうちに。






『カレンダーが心の安らぎに』

〜ペルー(リマ)〜
宮崎カリタス修道女会 川上 スエ子/大山 良子/田中 ミネ子/林 恵/中村 英子

 毎日皆様のお祈りに支えられて、私ども一同元気で過ごしています。先日はすばらしいカレンダーをありがとうございました。ペルーの先生やシスターたちと1枚1枚めくりながら、歓声のうちに鑑賞しました。昨年のものも大切にして、廊下や部屋の目立つ場所に飾ってあり、眺めるたびに心の安らぎになっています。
 そしてこの偉大な自然の主が、小さいパンの一切れに現存している神の愛の神秘を黙想させてくれました。毎日の感謝の祭儀で同じ聖体に養われ、お互いに聖性に励んで参りましょう。






『パスポートが一時発行停止に』

〜ボリビア(コチャパンパ)〜
宮崎カリタス修道女会 末吉 順子

 先日はシスター前田から確かにガソリン代1年分の援助を受領しました。このご配慮、ご支援に心より感謝いたします。
 こちらは今、雨季でバケツから水をひっくり返したような雨が2・3日おきに降り、私たちの四輪馬区動の小型トラックも泥を跳ね返しながら、頑張ってくれています。
 縦70kmと桟40kmの私たちの小教区管轄は、14の村から成り立っておりますが、お陰様で各村の教会もカテキスタを中心に活気を持つようになりました。各日曜日の「みことば」の祭儀、週1回または2回のキリスト教基礎共同体による「みことば」の分かち合い、子供オラトリオ・グループ、オラトリオを指揮する青年リーダー・グループ、老人カテケジス・グループなどと、グループ毎に村の教会は盛り上がっているようです。
 主に、リーダーたちの養成と病人訪問、グループ毎の会議が私たちの仕事ですが、こういう活動も皆様方のご支援があるからこそ、やっていけることなのです。
 現在、ボリビアは政治・経済が不安定で、頻繁にストライキが起こり、死者まで出ています。経済不安定は貧しい人々の心まで不安定にし、暴動に駆り立てているようです。町にも村にも仕事がなくなり、たくさんの人がアルゼンチン、スペイン、北アメリカへ移住したり、出稼ぎに出るようになりました。そのために発行するべきパスポートが一冊もなくなってしまい、今印刷しているようです。貧しい国が発展に向かうことほ、こんなにも難しいものなのですね。
 反面、私たちは村々をかけ巡り、成長していくリーダーたちの姿を見ることによって、宣教の喜びを感じています。私たちにも働く場所があることはありがたいことです。






『やっと食生活が改善されます』

〜ボリビア(コチャパンパ)〜
宮崎カリタス修道女会 秋永 みすえ

 先日、日本の総本部よりメールが届き、私たちの保育園のために4,000ドルのご援助をくださるとのこと、保育園児、職員、そして私たちシスターズー同心よりお礼申し上げます。皆様の暖かいご支援により園児の健康面の改善、特にメニューの改善に努めたいと思っております。というのは、タンパク質の不足は以前から感じていましたが、どうしても肉類を買うことができなかったので、豆類で補っていたからです。しかし、これを機にメニューを少しずつ変えていきたいと思います。また、医療の面で貧しい子供たちの家は清潔感に欠け、いろいろな病気、特に皮膚病が伝染していますので、そういう面の改善にも努めたいと思っております。
 2月の新学期から1か月が過ぎ、激しい泣き声で一杯だった各クラスも穏やかな雰囲気になり、今は楽しく笑う子供たちの声に未来を見るような気がしています。特に4歳児25人は、来年幼稚園に入る準備ということで、子供も先生も張り切って、初期の勉強をしているようです。また、3月19日は、小さいながらも「父の日」を計画し、普段接することの少ない父親と一緒に楽しく過ごさせたいと計画しています。これも皆様方の暖かい心に支えられ、奮発の心を失わないように、すべて神様への愛のためにと行っている宣教の賜と思っております。
 どうかこれからも、この貧しい子供たちが神様の祝福のうちに健やかに成長し、未来のボリビアを築く一人となって行くことができますように、お祈りで支えくださいませ。

ひまわり保育園の誕生会で楽しくケーキを食べる子供たち
ひまわり保育園の誕生会で楽しくケーキを食べる子供たち






『アフリカ』






『無念な生徒の死』

〜シエラレオネ(ルンサ)〜
御聖体の宣教クララ修道会 板岸 美智子

 発電機をありがとうございました。新しい発電機を使って電気も水道も使えるようになったので、とても便利になりました。ところが思いがけないことが起こります。コンピュターのクラスを昨年9月から始めたのですが、イタリアから15台のコンピューターを買っていました。発電機が来たので早速使ってみると、何と15台のうち2台しか使用可能でないのにはがっかり。憤慨の巻きです。こちらはお金を払っているのですから、どうにかしてくださいと、私もかなりきびしく文句の手紙を書きましたが、結局、今年は間に合わないとのことで、がっかりしています。でも発電機のお陰で、電気も水道も使うことが可能になりましたので、大助かりです。皆様に心から感謝申し上げます。
 さて、今週は私にとりまして悲しい、そして、ショックの日々でした。元気で通っていた洋裁科一年の生徒が突如、蛇に喫まれ、亡くなってしまいました。ここルンサには沼地が多く、町のはずれにはところどころに溜池や沼、小さい川があります。彼女は数人の女性と魚を捕りに出かけたそうです。帰り道に急に草のしげみから現れた猛毒の蛇に喫まれ、6マイル離れた自分の家にもどる頃は、すでに毒が回り、それから病院にかけつけた時はもう、間に合いませんでした。直ぐにやるべき応急処置は、一応彼女たちなりにやったそうですが不充分でした。その上、貧しい村人には自転車一つありません。どこにも歩いて行くしかなく、緊急のとき、車を頼もうとしても村にはありません。土地の薬をああだ、こうだとつけている内に、毒はすでに回ってしまったのです。やっと大きな病院に運んで来た時は、すでに遅しということでした。
 前日までぴちぴち元気で笑っていた生徒が、貧しい小屋の中で(トタン屋根はじょうろのように穴があいており、ベッドもなく土間の上に草で作ったマットを敷き、その上に白い布で包まれ、横たわる)変わり果てた姿になっているのを見たとき、悲しみで胸が一杯になってしまいました。
 ここは暑いので、直ぐ埋葬しなければなりません。まだ温もりもある柔らかいい身体を埋葬するのは、とても抵抗を感じましたが、病院から運ばれていますので、確かでしょう。家の裏庭にあるバナナの木の問に穴を掘り、白い布で包まれた身体はそのまま直接、穴に埋められました。土が直に当たらぬようにたくさんの枝と葉っぱで支えるように埋葬するのです。なんとはかない命なのでしょう。自然の災害、地震も台風も全くないアフリカですが、このように毒蛇や病気、脳性マラリアなどこわい病気があることを忘れてはいけない、と考えさせられる一日でした。
 彼女は昔の鉱山のある村、コンタ村に住んで、毎日1時間歩いて学校に通っていました。今回初めて知ったのですが、そこは毒蛇がとても多く、毎年のように犠牲者を出していたのだそうです。私は27年もいますが、自分の生徒が蛇の犠牲者になったのは初めてでした。この蛇は猛毒を持ち、咬まれると殆ど助からないので、いろいろな伝説や魔物の業だとか奇妙な話しがたくさんあります。
 シエラレオネの社会を変えるには、まだまだ長い年月が必要でしょう。しかし、やり出ださなくてはいっまで経っても同じです。人々にまず教育を、これが今の課題だと思います。昨年帰国したときにお会いした「会」の皆さんのやさしい笑顔をなっかしく思い出しつつ。

到着した新しい発電機は早速フル稼動
到着した新しい発電機は早速フル稼動






『灰の水曜日にはすごい人出』

〜セネガル(ダカール)〜
マリアの宣教者フランシスコ修道会 玉木 照子

 こちらの「灰の水曜日」のことをお知らせしましょう。今年も例年の如く1日、4回も額に灰をつける式がありましたが、人、人、人。85%がイスラム教徒の国ですので、きっとイスラム教徒も参加しているのでしょうね。灰を受ける人々が多すぎて、お隣の教会の神父様が応援を求めに来られましたし、ダカールの近くの教会では、あまりの人出で、足が地に着かないほどだったとか。神父様はまるで「花咲かじじい」のように灰を上から撒き散らして、群衆もそれで満足した、とうちのシスターが話しているのを聞いたときは、笑ってしまいました。昔のおとぎ詰も実現するのですね。
 毎週金曜日の十字架の道行きにも驚くほどの人出。一日三回行われており、私も最初の頃は出かけていましたが、あまりの暑さと人出で気分が悪くなり、それ以来、うちの修道院で一人で静かに祈ることにしています。あまりにもたくさんの人出なので、神父様も最近は、この機会を利用して、道行きを少し短くして、神さまの話を付け加える方法をとられているようです。
 最近はサハラからの砂漠風がひどく吹きつけ、乳児院(いつも50床が満床で、入院希望者が待っている状態)の赤ちゃんはほとんどが下痢、乳児は大丈夫ですが、大人は咳が出続け、白いハンカチも茶色に。鳥たちは口を開けて飛んでいます。
 司教様から頼まれて始まった乳児院も今年で50周年を迎えます。女子寄宿舎には50名が2年間のコースで入っており、A・Bグループと二つに分かれて、1週間は乳児院で働き、1週間はボランティアの人々による勉強と手仕事に従事します。2年生になると乳児院の夜勤もできます。オムツだけでも400位の洗濯をします。
洗濯場のオバサンも入れますと私共は120〜130人の大世帯、素晴らしい大家族です。
 先日、ポリスが生後3日目で4,180gの捨て児を連れて来ましたが、珍しい巨大児。大抵は2kg前後の未熟児で、双生児の多く、また、1kg未満の超未熟児でも、保育器なしで毛布だけで元気に育ち、離乳食が食べられるようになって帰宅します。乳児の20%はいつも捨て児なのですが、中には母親の精神異常のためケースワーカーが入院させた児もいます。入院児のはとんどが、出産時に出血多量で母親を亡くし、その家族も貧しくて世話をしてもらえない乳児たちです。この4月で2歳になる女児は、母親が出産時に首を絞めて殺そうとしているところを助けられ、乳児院に連れて来られました。未だに話すことも、座ることもできず、日中は特別な椅子を作って、ベルトで身を支えています。手は伸ばすだけで、物もつかめず、お匙で食べさせています。ニッコリ笑うと、とてもかわいい「パスカリン」です。
 日本への切手代が段々と値上げされ、それだけで、うちの寄宿舎の娘さんたち15人分のパン代になるので、この手紙は帰国される日本人の方にことづけます。では、皆様、お元気で。






『15年住んでも新しい発見が!』

〜ケニア(キクユ)〜
マリアの宣教者フランシスコ修道会 南雲 春江

 「支援する会」の皆様にはいつも私たちのために祈りと援助をありがとうございます。私は筆不精と、あまり社交的ではない性格で、事務所には1回だけ2002年に援助のお金をいただきに訪れただけです。いつもいろいろなことを手伝っていただきありがとうございます。
 私は15年前ケニアに派遣されました。昨年4月に私たちの管区の修練院に移りました。
 ここでは、フィリピン人、韓国人と私、3人の共同体の姉妹と、この1月から終生誓願の準備に来たケニア人とタンザニア人の2人の若いシスターズ合わせて5人で住んでいます。5人で5国籍です。そして直ぐ隣りには3人のケニア人志願者も住んでいます。
 私たちは小さな職業訓練所を持っていて、訓練を受けているはとんどの女性が、8年制の小学校を終わるか終わらないかでドロップアウトした人たちです。田舎なので、とてもシンプルな心の若い女性たちです。私たちは毎日忍耐ということを学びながら、手仕事を教えています。2人の先生と私たち2人の姉妹がそのプロジェクトで働いています。もう一人の姉妹は、Youth vocation ministryの仕事をし、若い人たちと関わっています。15年もこの国にいるのですが、毎日毎日、新しいことの発見と学びを続けています。






『6か国の司教様と若者の大会議』

〜チャド(ンジャメナ)〜
ショファイユの幼きイエズス修道会 有薗 順子

 新年早々大変うれしい喜ばしい重要な行事が行われましたのでお知らせします。1月16日から23日まで首都から16km離れた大神学校で、中央アフリカ(カメルーン、ガボン、コンゴキンシャサ、ギネェクアトリアール、中央アフリカ、チャドの6か国)の司教様方と若者たちとの会議が開催されました。テーマは「社会と教会における若者たち」で、司教様方は各国から男女1人ずつ青年を同行され、チャドからは10人の代表者がカトリックアクションから選ばれ、いろいろなグループの青年たちとの交流も予定されていました。ガール・スカウトからも1人の代表が出席し、「アフリカの女性について」という課題で質疑応答や討議の時間も組まれていて、双方とも大喜びしていました。
 23日の閉会式は50余名の司教様方と同数ぐらいの神父様方の共同司式で、方々の小教区民10万人以上が参加し、盛大な式典が行われました。私はバチカンでの式典を想起していました。カメルーン、ドアラのTumi大司教様はミサで、次のような助言で締めくくられました。
 1 すべての事をよりよく行いなさい。
 2 すべての事をよりよく行い続けなさい。
 3 規律正しい生活をしなさい。
 4 祈り、そして主に信頼しなさい。
 5 分からない事、理解出来ない事は謙遜に聞きなさい。
 ミサの終わりには司教様方と若者たちの宣誓文が読み上げられ大喝采を浴びました。神様ほ中央アフリカに大きなお恵みを準備しておられたのです。1週間にわたるこの重大な会議は政府の協力もあってすべて順調に、無事に終わりました。これからの若者たちの活躍が期待されています。
 この手紙を投函しようと思っているとき、日本の美しいカレンダーが届き、シスター上野、日置、アンネットの4名で大喜びしました。事務所に早速掛けて、皆に日本の美を観ていただきます。早速一人の青年は雪を見て「あれは綿、または雪?」と。雪を知りませんので、当然ですね。いつも、いつも有り難うございます。






『ロヨロ村でドドス族と共に』

〜ウガンダ(コテイド)〜
横浜教区 本柳 孝司

 ウガンダ・コテイド県では、長い乾期が終わりつつあり、4月には雨が降り出すと思います。去年は、雨期にあまり雨が降らなかったので、今年は、穀物の収穫に十分な雨が降るように期待しています。もっと早く『きずな』を通じてご報告をと思いつつ、あまり精神的な余裕がなく、遅くなって申し訳ございません。私がウガンダ・コテイド教区に来て、早くも2年間が過ぎました。コテイド教区は、ウガンダの東北部、ケニアとスーダンの国境に接した地域コテイド県の宣教司牧を担っています。今、私は、コテイドの町から北東へ40k皿離れたところに位置するロヨロという小さな村の小教区で働いております。
 ロヨロには、ドドス族(カラモジョン族の一グループでカラモジョン語を話す)が住み、半遊牧の伝統的な生活を送っております。ドドス族は約20万人、北部の小高い山々が点在している地域に住んでいます。雨量もコテイド県内では比較的多く、気候的にも涼しく、大変恵まれております。ここロヨロは、十数年前までは大変多くの人が住み、ドドス族の中心的な町でしたが、ケニアのトルカナ族の襲撃によって壊滅的な打撃を受け、多くの人が他の地域に移住し、今は、小学校、小さな診療所、軍の駐屯地(今現在、軍隊は駐屯していません。)があるだけの小さな村です。
 ロヨロには、去年の8月に主任代行として赴任したのですが、10月の初めに私たち司祭に対する脅迫事件が起き、しばらくの聞ここを離れ、カーボンという町の小教区に住んで、そこから他の4つの巡回教会への宣教司牧を行っておりました。しかし、最終的に1月の中旬にロヨロに戻り、今は平常の宣教司牧活動をおこなっています。
 ここには、4つの巡回教会があり、それぞれの教会には、カテキストがおり、彼らが実質的に宣教司牧の責任を担っています。恐らく全人口の60%以上が洗礼を受けていると思われますが、主日のミサに来るのは、20〜50人程です。洗礼を受けている人は多いのですが、民族の文化、習慣からの強い影響を受けておりますので、この人たちをどのようにイエスの価値観へ導くかがここでの司牧の課題です。
 ドドス族が住むカラモジャ地方には、5つの系統の違った言語を話す民族が住んでいます。その中の一つカラモジョン語を話すアテケル・グループがこの地域では、人口的にも多く、あらゆる面で優位に立っています。このアテケルーグループは、カラモジョン族(さらにボコラ、ピアン、マセニコの亜民族に分かれる)、ジュ族、ドドス族、ケニア北西部に住むトルカナ族、スーダン南東部に住むトポサ族、ジイェ族、エチオピア南西部に住むニヤンガトム族に分かれています。また、これらの民族は、同じような文化、習慣、言語を共有しているのですが、時には親交を結び、ある時には敵対し、家畜の強奪戦を繰り返しています。ここコテイド教区では、家畜をめぐるレイディング(強奪戦)が問題となっており、年間200人以上の人が亡くなっています。この地では、平和を構築することが、最も必要な宣教活動です。カトリック教会も平和構築に向けて努力をしています。

巡回教会Lochomにて
巡回教会Lochomにて






『北米』






『宝物のような日本の雑誌』

〜カナダ(トロント)〜
師イエズス修道女会 原田 昌子

 先日荷物が届き、封を切ってびっくりしました。『家庭の友』や『カトリック生活』がたくさん出てきました。こんなにたくさんまるで宝物のように、連日読み続けました。早速2月の日系人グループの集会に持って行きましたら、直ぐ読みたい方が進んで申し出られ、持ち出しになりました。そしてまた昨日、『聖母の騎士』32冊受け取りました。2004年12月号と2005年1月号は皆様に一冊ずつ差し上げることができましたので、とてもうれしい思いでした。新刊がこんなにたたくさん入手できたのは初めてのことで、心からスタッフの皆様方に感謝いたします。
 3月14日にはスカボロ会のマクドナルド師(日本に長くいらした方)のご指導でご復活前の黙想会がありますので、その時に持って行って、会員に配ることにいたします。長くこちらに住んでいても、やはり日本語の文章の方が分かり易いのです。皆とても喜んでいます。
 トロントは1月に入って、とても寒くなり、風が吹くと日中でも−28〜−35℃になります。2月上旬から気温が上向きになって、今は0〜5℃前後です。一週間好天だったら、一週間は悪天候というように繰り返しています。何だか私たち人間のようなので可笑しくなりました。
 日本も2004年は大変でしたね。お祈りしました。今年こそは平和の実現をと願いながら送っている日々です。皆様の使徒職のご発展と主の豊かな祝福をお祈りいたします。






『ヨーロッパ』







『叙階40周年にあたって』

〜イタリア(アシジ)〜
コンベンツアル聖フランシスコ修道会 瀧 憲志

 今年の復活祭は3月27日ですが、この日は、また、私の司祭叙階40周年の日にあたっています。人生80年と仮定すれば、私の人生の半分の長さになります。
 また、1956年4月に志願者として、長崎市本河内町の聖母の騎士修道院の門をくぐってから今年で足かけ50年になります。私の人生の3分の2に近い歳月を修道者として歩んできています。支えてきてくださった皆さんへの感謝の念で一杯です。感謝のしるしに記念のご絵も添えます。聖書のみことばはヨハネ福音書3章29節から30節までの、洗礼者聖ヨハネが自分の弟子たちを諭したことばです。私が司祭叙階のときに選んだみことばです。
 今、過ぎ越して来た日々を静かに思い起こして、自らの怠慢を恥じています。司祭叙階25周年の記念には、詩編の一句「主の慈しみをとこしえに歌い、そのまことを代々に告げよう」を選びましたが、「初心に帰ろう」との思いでヨハネ福音書の上述みことばを再びモットーに選びました。
 4月1日からの新任地は鹿児島教区の名瀬市の古田町教会です。3つの巡回教会を抱えている小教区です。そのうちの一つは海を隔てた小さな島の教会で、喜界島教会で、私が生まれ育った故郷です。奄美大島との交通には船も通っています。しかし、主日のミサは航空機を利用します。滞空時間は僅か15分ですが。
 船では2時間で行ける距離ですが、週3航海しかないということから、歴代の神父さんたちも喜界島への巡回には、主日にミサがささげられるようにとの配慮から、航空機を利用していました。信徒は高齢化し、若者が少ない南の島の小さな小教区です。このような環境の教会をどのような方法で活性化するか、今から、その方策を試行錯誤しています。お祈りください。


司祭叙階40周年のご絵(表裏)
司祭叙階40周年のご絵(表裏)







『アジア』







『少数民族の中で』

〜台湾(台北)〜
マリアの宣教者フランシスコ修道会 青木 育子

 この冬は寒かっただけでなく様々な災害にも見舞われ、未だ被災者の方々は不便な生活を強いられているとのこと、心より“主内平安”を祈ります。私が住む台湾・南投でも降るはずのない雪が降りました。
 日本人にとって近くて遠い国・台湾は、韓国と同じように50年間日本の続治下にあったことを、私も派遣される前は認識していませんでした。中国との関係も複雑で、国の名前も中華民国なのか台湾なのか、未だ国内でも統一化されていません。そして統一できない弱さを抱えて60年過ぎました。でも経済的成長には目を見張るものがあります。この国に派遣されて6年半の年月が経ち、昨年の夏まで台北に住んでいたのですが、今は中部の地域に移り、シスター志願の女性の同伴・養成の傍ら、教会司牧のお手伝いをしています。
 台湾は日本以上に学歴・資格重視の国で、子供、若者はもちろん、大人になってもより高収入の仕事を得るため、夜学校に通うか、休職して学ぶ人がたくさんいます。それゆえ、生活のストレスは大きく、人間関係にも影響し、たくさんの人が疲れ、傷っいているようです。そのような状況の中で、若い人たちは本当の心の平和と喜びを求めて、修道院の門を叩くようです。台湾のたくさんの教区や男女修道会は、海外(ベトナム、中国大陸そして韓国)から若者を受け入れて、台湾で宣教するために養成しています。台湾の教会の姿を台湾人はこう比喩しています。「司教は大陸から、司祭はベトナムから、信徒はフィリピン人」。ですから、教会と修道会がどれだけ台湾の若い人たちに希望と喜びを与えられるのか大きなチャレンジです。
 現在の台湾社会を築いたのは、主に中国からの“台湾人”であり、人口わずか2%ながら、9つ、10の部族を持っ台湾原住民(日本語では差別用語に聞こえますが、彼らは誇りをもってこの呼称を使います)は、たびたび社会の弱い存在となっています。私はプノン族の集落に住んでいますが、1人の志願者の言葉を借りるなら、“外国にいるようなカルチャーショック”を初めに受けました。だいぶ都会の生活文化に影響されてはいますが、独自の言葉と生活文化を持ち、メンタリティが中国人とは全く違う彼らと私たちの修道会は、人は変わっていますが30年間かかわりを続けています。
 カトリックの人口率は日本と変わらない台湾ですが、ここでは50%がカトリック、残りの50%がプロテスタントというキリスト教の地域です。私たちは5つの山にある教会の信者さんたちをサポートしています。プノンの人々は一般的に内向的で、生活を積極的に改善しようとする中国系の台湾人に比べると受身的であり、それ故に一般的に貧しい生活です。部族の中で結婚する人が多いので、親戚関係をたどっていけば、ほとんどがつながってしまうような小さな世界です。
 きれいな大きい目と褐色の肌を持つ彼らは、2歳位の子供でも人と分かち合うことを学んでおり、子供も若者も自分より年下の子供の面倒をよく見ます。でも、飲酒好きの大人を見て育ったり、あるいはテレビで山の外の世界を見ているからか、中学生頃になると“自分たちはどうせ原住民”という劣等感や諦めを持つように思います。子供たちは学校では国語(中国語)を使っており、彼ら自身の部族の言葉を積極的に学ばず大きくなるため、教会では言葉が一致を妨げているようです。
 プノン族は“八部音”という独特の美しい合唱形式を持っていて、大人は大きな声で日曜日の歌ミサに参加するのですが、20代以下は歌も覚えようとせず、ミサ中後ろで座っているだけ。中学生以上は理由をつけてミサに来なくなるのです。現在日曜学校では、30分間言葉を教えています。子供たちが参加できる、キリストと出会えるミサをっくることを目指して。そしてお酒に逃げない大人になって欲しいと心から願っています。どうぞ日本の“隣人カである台湾の人々のためにもお祈りください。そしてぜひ台湾にいらっしゃってください。台湾の人たちは皆目本人が大好きで、知っている日本語で気さくに話しかけてくださいますよ。私たち日本人が失いかけているものに、気付かせていただける所です。






『3度目のイースター』

〜カンボジア(シェムリアップ)〜
ショファイユの幼きイエズス修道会 樫野寿美子/園田国子/黒岩あつ子

 今年の冬は寒さが厳しかったようですが、「ご復活」の響きとともに明るい春の陽射しや新芽など、ほのぼのとした情景を思い浮かべていますが、いかがでしょうか?こちらは、一年の中で最も暑い時季(4月)が間近となり、カンボジアで迎える3回目のご復活祭もやはり暑い最中です。
 ところで、今年はご復活祭を目前にして、カンポットの2人の姉妹(シスター橋本、シスター東盛)と共に黙想をするチャンスをいただきました。6日間中の3日間だけでしたが、日本の友人のご協力を得て、和訳をしてまで準備してくださった、オリピエ神父様(パリミッション会)の日本語の講話をも聴くことが出来たのです。カンボジアにおいて、このような恵みの日が与えられるなんて全く予期せぬことでした。私たちの小さく、弱く、貧しい存在をよくご存知の神様は、神父様と協力者の真心を更に加えて、御慈しみと慰めを示してくださったと感じ、喜びと感謝で一杯でした。
 そんな温もりが加わったイースターゆえ、なお、暑さを感じるのでしょうか?心新たに、いつも共にいてくださる主の新しい命に生かされて、信頼のうちに歩み続けることができますよう願っています。