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KIZUNA 日本カトリック海外宣教者を支援する会 JAPAN CATHOLIC ASSICIATION FOR AID TO OVERSEAS MISSIONARIES





『アフリカ』

チャド マダガスカル





『ガールスカウトもエイズの研修』

〜チャド[ンジャメナ]〜
ショファイユの幼きイエズス修道会 有薗順子

 毎年カレンダーそして「きずな」をありがとうございます。世界が小さくなり、接する隣人が多くなり、この「支援する会」のありがたさを強く感じております。
 こちらは日々暑くなり、日中は38度まで上がります。そんな中、私が担当しているガールスカウトたちはワリア小教区でキャンプを行いました。昨年ガールスカウトの世界大会でチャドのガールスカウトが世界連盟入りをしたので、それを祝うために2月22,23日に、10小教区から830名が集まったのです。歌や踊りで賑わった翌日は、ミサのあとにエイズについての演劇を発表して人々の注意を引きました。3月からは13歳以上のガールスカウト全員が、6回にわたってエイズの研修を受けることになっています。








『切手代が急に2倍に』

〜マダガスカル〜
マリアの宣教者フランシスコ修道会 平間理子

 こちらの看護学生の奨学金として60万円を確かにいただきました。ありがとうございました。実は、昨年申請してから何のお返事もなかったので(手紙が迷子になったらしく、届かなかった)、問い合わせようとしていた矢先のことでしたので、本当に皆で大喜びをしました。
 昨年7カ月間もの政治的混乱が続き、企業の閉鎖が相次ぎ、失業者がさらに多く出てしまい、ますます貧しくなっていました。しかし、今はその建て直しにずいぶん力を入れています。ただ、元通りにならず他人の手に渡ったりして、まだまだ時間がかかるようです。
 そんな中ですが、今回の大統領は競争原理を導入しましたので、各県がいかに発展するかは、市長や県知事の手腕にかかっています。国としては道路の整備をすることを公約しています。頭の良いマダガスカル人ですので、色々な面で発展すると思いますが、まだまだ5年くらいは待たないと……という見方が多く、今はその7カ月間の政治混乱の結果として、経済の低下のつけを支払っているようなものです。そのため貧富の差が広がりつつあります。
 2月15日より切手代が急に2倍近くも上がり、日本に5gの手紙を出すお金で、お米が3kg近くも買えるのでびっくりしました。そう簡単に手紙も出せませんので、私はもっばら日本に出発する方に頼んで、日本で投函していただいております。






『アジア』







『家族の強いきずなの中で』

〜パキスタン[ファイサラバード]〜
マリアの宣教者フランシスコ修道会 岡野真弓

 今回は4児の母、ルビナの話をお届けします。ルビナは7カ月前に4人目の子を自宅出産したあと、ずっと発熱が続いて衰弱していき、病院に来たときはトイレにもー人で行けないはどだった。目だけがぎょろりとして、やせ細った顔、手足はひどく乾燥した棒のよう。お腹は腫れ、食事はとれずに吐いた。出産時に腹腔内に感染が波及したかと思われた。腸は長期間の感染のため互いに癒着し、腹水が溜まっていた。外科医は手術を勧めたが、麻酔科医はとても手術に耐えられないと、首を横に振った。
 彼女を病院に連れてきたのは夫の父。彼はどの位の出費になるのか教えてほしい、雇い主に援助を願いたいので、と言った。彼女の夫は無職だった。彼女のそばにはいつも数人の家族が付き添い、手足をさすったり話しかけていた。
 彼らはクリスチャンだったので、近くの教会の神父さんに来てもらった。「神父さんが二度も来てくれた」とベッドの横で義理の父は笑顔を浮かべた。私が夫に「よくなるのは難しい」と言葉短く話したとき、彼は一瞬押し黙ったかと思うと、ボロボロと涙をこぼした。何の質問も、非難もなかった。ただ悲しみが伝わってきて、こちらも目頭が熱くなった。
 一目でも長く生きていてほしい、その家族としての気持ちは変わらないのだろうが、良くならないと思うと、それで納得する潔さに私は時々びっくりさせられる。
 彼らの多くは賞しく、教育を受ける機会を逃し、読み書きができない。だから本や新聞を読んで、世界中の出来事も病気の治療法について知ることも難しいのだろう。しかし、大家族の中で強く結ばれ、支えあって生きている。私には彼らが自分に向かってくる運命に対して、単純に潔く開かれているように思う。
 その後間もなく、この若い、貧しさの中で苦しみぬいた母菓削まこの世を去った。最後の息を引き取るとき、暗闇に沈んだ病院の中で、ひときわ明るく灯がともった一角には、家族が20人ほど集まっていた。その中に立っていたとき、私は悲しさや痛みと共に、なにか不思議な、満たされたような安らかな感じを味わった。まるで復活の祭日を待つ聖土曜日のような。





『シェムリアップだより』

〜カンボジア〜
ショファイユの幼きイエズス修道会 カンボジア共同体

  • 神様の思いに信頼と希望をもって、ただ一歩一歩歩むことのみ、との思いで日本を発ち、カンボジアの土を踏んで2カ月半径ち、改めて不思議さと驚きのようなものを感じています。  今はまだ、クメール語の勉強を主としていますので、たとえ一語であっても読むことができ、書くことができ、そしてカンボジアの人たちが交わす会話の中に、は短い一言でも聞き取ることができた時は思わず頬が弛みます。また、どんなにたどたどしい言い方でも相手に解って頂けた時の喜びは、多くの先輩方にとって懐かしく思い出されることではないでしょうか? どうぞお祈り、ご支援をよろしくお願いします。
    (黒岩あつ子)

  • ここに住んで3カ月が過ぎようとしています。トンレサップ湖にあるチョンクンアの水上教会に神父様と一緒にでかけていますが、教会を境にして、ベトナム系が600世帯、カンボジア系が800世帯あります。家々は非常によく工夫されていて床をはぐと、すぐ水ですから魚の養殖をやったり、豚を飼ったりしています。  教会では夕方クメール語の識字教育をしていて、聖堂は子供たちで一杯になり、真剣に勉強しています。私たちは神父様と一緒に、シェムリアップの教会から子供たちを連れ、途中でプノンクラオムの子供も連れて、舟でこの水上教会のミサに参加しています。
     長い年月のつみ重ねで、カンボジア人とベトナム人の間には非常に厚い壁があるのですが、子供たちの交わりを通して、和解の一歩が踏み出されています。子供たち同士も言葉の壁があるのですが、教会で祈ったり歌ったりすることで、国や民族を越えた結びつき、友情がきっと育ってくれると思います。    (園田国子)

  • 私はここで語学研修をしながら、教会の方々と共にトンレサップ湖の岸辺に住む子供たちの識字教育のお手伝いと、衛生教育として50〜60人の子供たちの髪と体を洗うことを始めました。識字教育はカンボジアの女教師が行なっており、小学校に入る前の準備をする子供、教育に漏れた子供、家族のために働かなければならない子供たちが、時間のとれる時に参加します。ベトナム人の子供も共に学んでいます。  髪と体洗いは過1回ですが、先生も教会の青年も子供たちも一緒に協力して、教室の入り口の土間でやります。小さな椅子を5席並べ、大きな子供も積極的に参加して、私たちと同じように身体を洗ったり、水くみをします。とても気持ちよくなった顔は、以前にも増して美しく輝きます。男子は全然嫌がらずに、2人ずつ組になってバケツを棒に渡して担いで来てくれます。女の子は髪の長い子が多く、しらみが沢山見つかります。
     水浴びの後はお菓子やアメをいただいて家に帰りますが、いっまでも小屋のような学校にいたい子供たちもいます。先生も心から受け入れて下さっている様子に、私たちも励まされています。
    (樫野寿美子)






『ヨーロッパ』







『平和祈願の巡礼団』

〜イタリア[アッシジ]〜
コンベンツアル聖フランシスコ修道会 瀧憲志

 今年の復活祭は戦禍の中で迎えることになりました、とても残念で悲しいことです。
 復活祭メッセーージに添えて、聖フランシスコ大聖堂内のフレスコ画の絵はがきを送ります。祭壇の左・南側にロレンチェッティが描いた、「イエスのエルザレム入場」の絵です。
 「その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエズスがエルザレムに来られると聞いて、なつめやしの枝を手に取り、迎えに出、そして叫び始めた。『ホザンナ。ほめ讃えられるように、主の名によって来られる方、イスラエルの王』。(ヨハネ12;マタイ21;マルコ11;ルカ19)
 イエズスさまのエルザレム入りを熱狂的に歓迎した人々の喜びの様が見事に描写されています。しかし、その一週間後には……。
 人の心の移ろいやすさ、頼り無さ、大衆に迎合しやすい弱さ… が、もろに出ている情景描写です。これも原罪のなす仕業でしょうか。「ご都合主義・日和見主義」ということばもありますが、その時その場の都合次第で動く信念のなさ、そのような行動がいっまで繰り返されるのでしょうか。
 「平和 へいわ へイワ‥.」と叫びながら、「平和の君」に逆らう行動がいっまで繰り返されるのでしょうか。
 アシジの街角にも、6色の地に「PEACE(平和)」と染めた旗が家々の窓辺に吊るされています。合衆国からの巡礼団がひっきりなしにアシジを訪問して、「平和祈願」のミサをささげています。その中には司祭たちだけのグループもありました。
 世界中の「平和の子ら」が、それぞれの立場で、自分にできる「平和運動」に取り組んでいるんですね。アシジを訪ねる日本人観光客(巡礼者)に、裏面に[聖フランシスコの平和の祈り]を印刷した「小鳥への説教」のご絵を配ることを、わたしの平和運動としています。皆さんは、どんな運動をなさっていますか。
 アシジより「平和の願」を込めて−。






『南米』

ブラジル ブラジル ブラジル パラグアイ ボリビア





『マルゴット神父帰天』

〜ブラジル[アモレイラ]〜
長崎純心聖母会 堂園みつ子

 3月1日、ビトル・マルゴット神父様(淳心会)は16日の79歳のお誕生日を待たずに、御父のもとに逝かれました。日本から1973年に当地へおいでになり、教会の主任司祭を勤めながら長く日系人の司牧をなさいました。90年には子供の村『暁の星』を創立し、多くの子供たちを育て、Pai(お父さん)と呼ばれていました。本当に子供が大好きで、司祭館もいつも孤児院のように子供たちでいっぱいでした。神父様の強いご希望でご遺体はロンドリーナ市からアモレイラに運ばれて埋葬されました。そこには大沼神父様(神言会)も眠っておられます。葬儀ミサは司教様の司式で15名の神父様方、近くの町からも仏教や天理教の方々も大勢参加されました。神父様の宣教の実りだと思います。大好きなアモレイラの土となられ、神父様もきっと喜んでいらっしゃることでしょう。
 私たちは2月から新学期を迎え、皆元気です。乳児室には15人の赤ちゃんが1日中泣いています。6歳までの子供たちが96人、お年寄りが45人でにぎやかです。



(注:マルゴット神父は「きずな」78号に"今夏からブラジルで私の最後のミッション"というお便りを寄せてくださっています)






『中村神父の列福運動』

〜ブラジル[サンパウロ]〜
マリア会 長谷川一郎

 私はブラジル生活22年、未だに言葉に不自由しておりますが、現在サン・パウロ奥地のパニビ(日伯司牧協会)責任者として働かせてもらっております。1983年に中村長八神父のブラジル宣教開始60周年記念巡礼を企画し、その続きとして現在、中村神父列福運動に携わらせてもらっております。この運動は皆さんの協力、特に、長崎の故島本大司教様、野下神父様、ブラジルでは中村神父の恩恵を受けた方々とその子孫たち、特に同僚の青木勲神父様のおかげで進展し、1991年には中村神父記念館が完成しました。
 1996年には、佐藤司教様と・ローシャイタ神父様の来伯の折、中村神父記念館を訪問してくださり、お二人の勧めで当地司教の承認のもとに、中村神父列福運動が始まりました。この度、運営委員会の議事録中に「支援する会」の顧問司教が佐藤敬一司教様になるとあったので、私たちにとって一つの恵みと受け止めております。昨年、ポッカツ管区の8教区司教様方の同意のもとに、当地のドン・ヨゼフ・マリア司教が、バチカンの列聖調査委員全会長に「神の僕」のタイトルを申請してくれ、目下その回答を待っております。「きずな」の読者を通して日本の方々の祈りと応援をお願い致します。






『前の晩からカーニバル』

〜ブラジル[サンバウロ]〜
宮崎カリタス修道女会 白沢康子・浜辺春子

 皆様いかがお過ごしでしょうか?
 いま、ブラジルはとても暑い毎日ですが、私たちも出会う子供たちの明るい笑顔に励まされ、楽しく元気に過ごしています。
 先日は、ステキなカレンダーをお送りくださいまして、ありがとうございました。
 もう四旬節を迎えましたが、今年、私たちの養護施設「ラール・サント・アントニオ」では、ブラジルならではのかわいらしい出来事がありました。それはカーニバルです。その前日の午後、職員がカーニバルのためにと、子供たち一人一人にステキな洋服を用意し、その日の勤務を終えて自宅に帰りました。
 夜になり、いつもと変わりなく、日本人のシスターたちとブラジル人の子供たちは、同じ屋根の下でお休みなさいとあいさつを交わし、静かに眠りにつきました。すると何事でしょう。眠い目をこじあけ、電気をつけ時計を見ると、未だ夜中の3時なのですが、子供たちの寝室がさわがしい様子…? 係のシスターがあわてて階段を下り廊下に出てみると、子供たちはすでに目を覚まして、廊下で踊りはじめていたのです。その顔はしあわせそのもの。「ああ、ここはブラジルだ!!」
 もちろんカーニバルの当日は、子供たち一人一人ステキな服を着て、一日中踊っていました。子供たちはなんてすばらしいんでしょうね。神様からいただく一日をこんなに楽しく過ごせるのですから。 神に感謝。






『いつも部屋ごとに施錠』

〜パラグアイ[エンカルナシオン]〜
聖霊奉侍布教修道女会 林静子



 ご復活おめでとうございます!
 「きずな」82号を拝見し、世界各地で宣教なさる皆様の体験記を読ませていただいて、非常に力強く思います。
 こちらパラグアイでは4月7日に一人の神言会の司祭(67歳)が強盗に殺されるという事件がありました。ホアンバウチスタ教会で働いておられるクラウディオ・フェレイラ神父様は、その日アスンシオンの実家に帰られ、すでに亡くなられている両親の部屋に泊まられていました。ご兄弟は別棟に住んでおられて気が付かなかったのですが、泥棒は神父様を椅子に腰掛けたままナイフで殺害し、部屋にあったご両親の遺品をみな盗んでいきました。発見された日にお通夜をアスンシオンの所属教会ホアンバウチスタで行いました。
 翌日、神言会の共同墓地まで400km位のところを自動車で運び、埋葬式がございました。大勢の神言会司祭、聖霊奉侍布教修道女会のシスターたち、それに信者さんや親戚の方たちが列席いたしました。この国では司祭不足で困っているところを、このような事件で大切な神父様をなくすことは大きな痛手でした。
 最近私たちシスターの家も用心のために、昼間でも部屋ごとに鍵をかけており、ポケットの中にいつも鍵をもって歩いております。30数年前には夏暑い時は、人々は夜、屋外にべッドや家具を並べて休んでいても平気でしたのに、最近は昼間でも油断ができないくらい治安が悪くなりました。4月下旬に大統領選挙が行われます。今度こそ良い政治家が選出されるようにと、この国の司祭様たちも国民に訴えておられます。





『ボリビアのシスター山口多香子からマンガ通信』

〜ボリビア〜
扶助者聖母会 山口多香子