『国際協力的・私のベレー帽』パリ外国宣教会 ワレ・ジャン神父
今から50年ほど前、子供の私が住んでいたパリ郊外に、一人の日本人が住んでいました。私が出会ったなかで、恐らく、一番最初の日本人だと思います。学校は別ですが…私と同じ年令で…静かな、健しい感じの少女……でしたが、子供同士の交流はありませんでした。
…数年間同じ場所に住んでいたのに、東京とパリが離れている程の距離がありました。…測年ほど前、もう一人の海外日本人に出会いました。…私と同じくローマに留学していた女子大生で、社会性が豊かで、結局、イタリア人と結婚するようになったわけです。 …同じ頃、いろんな留学生の中で…日本人の司教や司祭も居られ…今、日本で彼らと一緒にNICEの構神に沿って、開かれた教会の一員として国際的な活動をしております。…その後、海外宣教を考える会、国際協力委員会、移住協議会、信徒宣教者会、海外宣教者を支援する会(など)で働くことになりました。…日本に来たばかり(の時)東京での在日フランス人の司牧を…その後、埼玉県での、韓国、フィリピン、台湾、インドネシア、ブルンジ、中国、サモア、ポーランド、ハンガリーの方々(のお世話)や、ベトナム難民の方方のキャンプへの出入り、ラオス人ビレッジと関係を持つ時代もありました。そうこうしているうちに、今度は、日本から海外に派遣されている宣教者達との関わりが出て来ました。チャドでミッションをスタートした修道会、タイ、カンボジア国境で福祉活動をしているシスター達…等々、さまざまです。…もう一人の方ですが、北海道出身で、大人になってから受洗…シスターになってモロッコへ派遣され、いま、フランスで頑張っている宣教者です。ある日、彼女から手紙を頂きました。私がフランスで働いている教区は、神父様(ヮレ神父)の出身教区です。不思議ではないでしょうか≠ニ。 私はフランス人で日本で宣教、…日本人シスターはフランスで宣教鋸…この宣教パターンは、リバース・ミッションの面白い姿と云えるでしょう。…一、二年前、フランスの一司教は、韓国の教会に韓国人司祭の派遣を依板し、…いま、一人の韓国人神父が、フランスで宣教しています。…また、あるタイの若い神父が数年間、フランスで、海外宣教推進のために働いたケースもあります。同じタイの教会で、タイ海外宣教会という会が、去年、誕生しました。いつか、タイから日本に派遣される宣教者が出てくる日は、そう遠くないかもしれません。…昨年、私はローマ、バンコク、クアラルンプール、シンガポール、香港、上海、武漢、北京…等を日本から派遣された司祭として訪問しました。そして日本に帰って、いま、群馬県の田舎の巡回教会に住みながら、その地区の共同司牧に協力しております。 …やっぱり、この田舎でも、どこへ行っても外国人と出会います。 ドイツ、スリランカ、カナダ、ナイジェリア、ペルー、ブラジル、イギリス、アメリカ、フィリピン、ベトナム、ポーランド、などの外国人(です私は)パリ外国宣教会に入会して良かったという気持が、前より惑いのです。 私の持っている帽子も国際的なものです。ベレー帽で、バスク地方の特産として知られています。しかし、そのベレーはアメリカで買いました。よく見たらチェコスロバキア製です。今、日本でそれを使っています。海外宣教と国際協力のしるしとして……。 『第35回役員会報告』「会」の第35回役員会が90年12月18日(火)午後6時から中央協議会会議室で開かれ、次の案件を審議、決定した。
『援助決定』(1990.12.18決定分)
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