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KIZUNA 日本カトリック海外宣教者を支援する会 JAPAN CATHOLIC ASSICIATION FOR AID TO OVERSEAS MISSIONARIES





『南米』






『宣教者としての協力を』

〜ブラジル・サンバウロ〜
コンベンツアル聖フランシスコ修道会 日伯司牧協会・会長 松尾繁司
 主の平安。
 海外宣教者を支援する会の発足を「きずな」第1号を通じてその概略を知ることができました。
去る4月14日に行われたPANIB理事会において、日本の教会のこの力強い組織化に対して、ブラジルで働いている私たち宣教者は、どのように答え、どんな協力を行わなければならないのだろうか、といったことをも話し合いました。
 まず、7月中旬に開催される日系人の宣教にたずさわる宣教者大会において、そちらからの希望(要望)をみんなに伝えることから始めたいと思います。
 何か、私たちに出来ることがありましたら、そのころまでに御連絡いただければ幸いです。






『15年住みなれて』

〜ブラジル〜
アシジの聖フランシスコカテキスタ会 阿部島伸子
 私は日伯司牧協会の事務所で昨年の終りまで7年間、おもにタイプを打って働き、今年から本部の住人になりました。本部は黙想の家をしておりますので、この家を利用する方々のため、部屋を準備したり、食事の準備をしております。志願者、ポストランテを入れて全部で20人の姉妹達が住んでおります。主に二世が多く一世は少いです。
 私にとって15年住みなれたブラジルはとても愛すべき国です。この愛すべき国も、ちょっと日本では想像も出来ないほど、貧富の差の激しい国なのです。日本からいらっしゃった多くの宣教者の方々は、とくにかわいそうな方々に愛の手をさしのべて、全力をつくしておられます。日本の反対側、ブラジルの地で、自分に与えられた仕事を心をこめて果していきたいと思います。






『司教と一致して』

〜ブラジル〜
聖ドミニコ女子修道会 宮内永子
 私はサンパウロの郊外で、聖ドミニコ学院という小さい日本語学校をしております。5メートル四方ぐらいの小さい教室が学校の全域ですが、そこに集まって来る日系人とともにミサをしたり、青年の聖書研究会、家庭集会をしたりしております。昨年9月には2人の新しいシスターをお迎えし、少しでもブラジルの教会の人々と歩むために協力しています。司教ドンジョエルは神言会の司祭として、召命の問題にとても熱心に取り組んでおられ、北聖パウロ市を司牧しておられます。私たちもドミニコ会として司教様と出来るだけ一致して働いています。私たちの所は、大体町の周辺ですので、貧しい人々が多くいますし、日系人もそんなに豊かとはいえません。






『アフリカの診療所で』

〜アフリカ・ベニン〜
マリアの御心会 道下美和子
 「世界に生きる」受け取りました。どうもありがとうございます。皆様のお便りを読ませていただきながら勇気づけられます。
 今、私の働いている診療所に、今年は2人のカナダ人医学生が実習に来て、1人の方は、2カ月の実習を終えカナダに帰られ、もう1人の方はもう少し続けられ、その後、他のアフリカの国々を見学してカナダに帰られます。また、フランス人の女医さんが2カ月ばかり私たちを助けに来て下さり、そのおかげで、私共、交代に休みをとっています。9月には黙想会があり、診療所を閉じます。でもいつも一人留守番がいて、これまでの治療、また、救急の患者は見ることができるようにしています。今後ともお祈りで支えて下さい。






『求められて』

〜パラグアイ〜
聖霊奉侍布教修道女会 山田雲江
 移住地に来ております。毎日40度ぐらいの暑さです。私と入れ替えに、日本に帰る家族もあったり、少し淋しい気もしますが、いつも旅する人として生れ、求めて生きる人の道に、主の恵みを祈り願っています。まだ、家庭訪問は、不幸事のあった家庭2、3だけです。誰にも話せないで悩み通し、ノイローゼになって病院に入れられた21才の青年のことを聞いて泣いてしまいました。何度も、私にしか話せないからと「教会に行こう、教会に連れて行ってと頼みながら、待って、待ち切れず、頭に来てしまいました。エルマナが居てくれたら、まだ、なにか話して、心が楽になったと思うけど」と泣きながら話される両親の話をききながら、私が居なかったからと言う大それた気持でなく、私みたいな無力な者にさえ、すがりつきたい程、苦しい人たちが待っていてくれたことを新たに感じました。
 ピストル強盗に入られ、ご主人が射殺された家族の方々にも「エルマナがいて下さったら」と言って槌りついて泣いておられましたが、私が居て何が出来たと云うのでしょう。そうじゃないことがわかっているんです。お互いに。皆と一緒に居るだけでいいんです。
 そういう苦しい時、悲しい時に近くに居てほしかったのでしょう。
 毎日のように仕事を求め、食物を求め、衣類を求めて貧しいパラグアイの人たちが私のところにやって来ます。気が弱くなったのでしょうか、心が痛み、すぐに涙ぐんでしまいます。いつも私の口から、いたわりの言葉が出ますよう、主に、その言葉を願っています。






『教科書ありがとう』

〜ブラジル〜
リオグランデ・ド・スール州イポチ 宇都武仁
 ローシャイタ神父様この度は、貴重な沢山の教科書、誠に、有難うございました。厚く御礼申し上げます。
 申し遅れましたけれども、不肖私は、パラナの方へ行かれました、スタール神父の設立なされた日語学校におきまして、教師をいたしている者です。宜しくお願い致します。
 これまでは一貫した教材がなく因っておりましたが、お蔭様で、これからどれ程助かるかわかりません。教育効果も、うんと上る事と信じております。本当に有難うございました。重ねてお礼申し上げます。





『共に生きながら学ぶ』

〜ブラジル〜
聖ドミニコ女子修道会
中村節子  フランス経由でブラジル訪問中の管区長が今日出発しますので一筆認めております。サンパウロに居ると日本語社会ですが、一歩郊外に出ると、一番の壁はやはり言葉です。
 ただ今リオにいますが、日中27°〜32°、幸い案内役はこちらの院長様です。日本でしたらこちらの人の姿は露出狂と思われるくらいです。バスにパンツ一枚で入って来るのには閉口します。
 今年、こちらは召命の年として、いろいろ活発な動きを感じます。言葉に捉われていては何も出来ませんので、共に生きながら学ぶという姿勢でアタックしたいと思います。83年度は、また、どのような出来ごとが展開されますか。主の御旨の中に、素直に生きて行きたいと思います。幸便に託して。






『宣教者の小さき者として』

〜ブラジル〜
タピライのカテキスタ会 野田芳子 笠場真沙
 御復活、おめでとうございます。
 私どもの知らない間に、着々と「海外宣教者を支援する会」の発足とか、広報誌「きずな」が発刊されるようになりました事など、先日お送り下さいました『きずな」また「日本の教会と宣教者派遣」などの単行本を拝見させて頂いて、感謝の思いにみたされました宣教者の端くれの、ほんとうに小さなものですけれど、布教の一端を担わせて頂いている者としてー。






『年一度のミサは木の下で』

〜ブラジル〜
聖心侍女修道会 日高和子
 こちらで私たちは司教区の「黙想の家」の管理を受け持っています。この他に各自いくつかの地域を受け持ちPASToralに携わっています。私たちは、このバレイラスに来てまだ半年です。一年ぐらいは黙想の家の仕事をしながら、将来、どのような場で働くことが出来るか様子を見る予定でしたが、現実はなかなかきびしく、そんなのんきなことは言っていられない状態です。こちらでは働き手の必要性は想像以上です。オーストリアと同じ大きさの司教区で、司祭8人、シスター20人弱です。信者は広い範囲に広がっており、ひどいデコボコ道を年に一度のごミサのために出かけなければなりません。私も度々、司教様や神父様に同行しましたが、まさに、使徒時代の宣教を思い浮べました。ごミサの道具、その他携えて行き、途中から徒歩で、着いたら木の下でごミサという具合です。
 私が受け持っている一つの地域では、洗礼は受けているものの、初聖体は僅かで、先日、訪問した家庭の、数名の両親も、まだ、初聖体をしていませんでした。信者とは名ばかりで「天にまします」の祈りさえ覚えていない有様です。文盲が大部分で、教材も限られます。紙芝居のような、目から入る教材があれはと思いますが、このバレイラスでは何も無く、何か工夫しなければと考えています。
 去年も雨は余り降らず、6年ごとの乾期の2年目に当る今年も、余り期待出来ないようです。こちらは大きな工場もなく畑で働く人人が殆どですが、その土地もとても悪く、フェイジョンぐらいしか出来ません。今貧しい人々は種まきをすることも出来ず、ひたすら雨が降るのを祈っています。先日、ある地域の代表者が「雨乞いの行列」をしたいと、神父様に相談に来られました。
 このクリスマスを貧しい人々はどのように受け取っているのでしょうか。私の小さな働きが、これらの人々を、貧しくなられたキリストに近づける一つのきっかけになればと願っています。





『水が出る嬉しさ』

〜ブラジル〜
長崎純心聖母会 堂園みつ子
 I・C・M いつも明るく、元気よくオーッ
 さて、私たち浜元、松永、堂園は今回も選ばれましてパラナの州都Curitibaへ出張して来ました。将来の本部作りの為PANIBの手伝い、幼稚園と仕事は山のようにあります。神父様からいただいた十字架とカエルは私たちの大きな支えです(中略)。
 アモレイラの修道院はシスター2人、ポストラント1人、志願者候補3人と大人数になりました。
 さすがにCuritibaは都会です。アモレイラの赤土地に染まった私など少々窮屈です。パン、ミルク、野菜も隣りのクレーシーから貰っていたのが、今度はお店に買いに行かなければなりません。
 信号を見て、車に注意して、靴もはいて。でも嬉しいのは水が出る事です。いつになったら水が出るのか、心待ちに眺めていた水道管から、毎日、いつでも、音をたてながら水が出るのです。洗濯好きの私には何よりの喜びです。ミサも毎日あって、日曜日など一時間おき。少々あっさりしたミサです。
ところで私めも少し年をとったのか、働きすぎたのか、メガネをかけるようになりました。美貌が半減すると隣のシスターの有難いお言葉ですが、何しろ中身が溢れるほどにありますので、メガネの一個、二個で簡単には?。でも、太陽に当ると自然に濃くなるメガネですから、アンマさんみたいと言われると、少々悲しくなりますがー。今年は聖年と教皇様も定められたので、清い心で、マリア様の心で、あがないの精神で過して参りましょう―。






『海外青年協力隊と共に』

〜アルゼンチン〜
スピラノ修道女会 林ゆり
 今年元旦早々に、海外青年協力隊の3人の青年らと、ブエノスアイレスより1300kmぐらい離れたサンチアゴ・デ・エステロ州のキンテ・クエモドのマリア会まで行って参りました。と申しますのは、あちらでマリア全開係のグループがミッションのために僻地で働いておりますので、参考のために見聞に参りました。
 来年、海外青年協力隊の青年有志でミッションに行く予定でおります。そのために、霊的、物質的な準備を、この1年、心がけていきたいと案を練っております。





『ヨーロッパ』






『カレンダーに来訪者感嘆』

〜西独・デュッセルドルフ〜
広島教区 司祭 藤沢治明
 主の平安。美しい日本のカレンダーが、ちょうど、拙宅で地区司祭の会合のある日に頂き、早速、壁に掛けて、来訪の方たちに感嘆の声を発させました。ところで、1月25日から27日まで、西独外人司牧関係者の全国会議がWurzburgで催され、ディック司教らも出席されました。私も日本人牧者としては唯一人のため、お招き頂いて出席しましたが、14カ国の担当者の経験談は非常に感銘深いものがありました。





『まだ、日本の宣教師』

〜イタリア・ミラノ〜
聖ザベリオ宣教会 アウディジオ神父
 先日、郵便小包で送って下さった名簿を頂きました。ありがとうございました。その名簿に私の名前と住所を見付けて、たいへん喜びました。なぜなら、日本の宣教師としてまだ認められているからです。しばらくイタリアに滞在していても、日本の布教活動を続けたいし、もし、何かの役だつことがあれば、喜んでして上げたいのです。印刷された名簿は、各国の大使館や領事館に送られたと思いますが、観光や、仕事のために外国に住んでいる日本人は多いのですから、この名簿はたいへん有益なものです。





『アフリカ』






『人々の目と心をみつめて』

〜アンゴラ〜
マリアの宣教者フランシスコ修道会 林節子
 海外宣教者住所録を受け取り、ずい分沢山の方々が海外で宣教に従事していらっしゃることを知り、励まされてもいます。
 私はアンゴラで2年半を過し、少しつつ、アンゴラでの歩みを作っています。すべてにおいて良い兆しが見えず、政情も経済も、モラルも悪化すること否めない中で、こういう環境に影響されず、しっかりと人々の目を、人々の心をみつめてゆこうと決心しました。
 一九八二年、アンゴラ教会にとっては沢山のいたみを残した年でした。それ故に、一九八三年に大きな希望をもっています。お祈り下さい。






『アジア』






『栄養失調の赤ちゃんの笑顔』

〜フィリピン〜
援助修道会 勝谷久子
 先日、私が勉強のかたわら通っていますメトロエイドの裏のスラムで、一週間見ない間に驚くほどやせた赤ちゃんを見つけました。
近よってあやすと、ニコッと笑ってくれました。このすはらしい笑顔を見た時、このまま放っておけないのを感じました。シスターコンンラータにも連絡し、病院に行く手配をしましたが、重度の栄養失調でした。スラムの方々は、少々の事は何でもないと思いこみ、痛みも苦しみもがまんし、また、子どもにもがまんさせます。
 なぜならば、病院の費用、交通費がないからです。
 このメトロエイドの方々は、仕事があれは、一日24ペソの日給だそうです。でも、子ども7〜8人を育ててゆくにはあまりにも少ない金額です。仕事のない日もあるので生活は苦しく、今日食べる物もない状態です。そのため、トランプのかけをしてお金をかせいでいる人たちも多いです。
 今からフィリピンは、4月、5月が一番暑いと聞いております。今でもあせもだらけの子どもたちは、窓のないせまい小屋で毎日を過すのは本当に大変です。その現状を見ながら何も出来ない自分の小ささを感じますが、せめて、共にその中にいたいと思います。
神の国のために各地で働いておられるすべての方々とも心を合わせ、共に祈っております。神が讃美されますように。






『素人の幼稚園長』

〜パラグアイ〜
聖霊奉侍布教修道女会 宮入きわ子
 天よ露をしたたらせ雲よ義人を降らせよ”今年からピラポの幼稚園に勤務するようになりました。前園長のシスター・ジェンマが行かれてしまい、あと、他に後継者がないまま、素人の私が引続いてやっております。手伝いの先生方も皆素人ですので、日本の幼稚園とは全く違いますが、しかし、日本語を使っていますので、いろいろ真似ごとはしています。幸い、協力隊員としてこちらにおられる先生方が、いろいろお手伝いして助けて下さいますので有難いことです。
 最近は、こちらパラグアイも不景気に見舞われ、ことに11月に入って降り続く雨のため、百姓たちは大豆を流されたり、蒔き直したり、2〜3回流されると、もう種切れになり、このあと、どうなることかと心配しています。土地を整理して日本に帰国する人も多いようです。そんな不景気の中でも、親たちは幼稚園だけは何とかして出したいと苦労して居られるのに励まされ、私共も一生懸命努力して、少しでも保育者にふさわしいものに近づけるようになりたいと思います。
 今年の園児は総数140名、卒園児40名でした。来年は不景気のため、もっと少くなるだろうと思います。園児達を通して家庭に少しづつカトリックの精神を植えつけていけたらと願いつつ、日々、努めております。聖霊の御慈しみによりて。






『雨漏りの中の仮住い』

〜ブラジル〜
長崎純心聖母会 浜元アサノ 堂園みつ子 松永リツ子
 この前からは、私たちのクリチィバー移転に加えて、素晴らしいカレンダーのプレゼント、また、よきお便り、まことに有難うございました。(中略)あの美しいカレンダーが勿体ないぐらいに貧しい中に仮住いをして2カ月余りになりますが(中略)3月の終りには、雨漏りの修理もどうにかなるのではないかと、毎日少しつつよくなって行く、わが小さな修道院の修築、改築をながめています。
 こちらは、今年はとくに雨が多いとのこと、毎日のように俄雨か、シトシトした雨日和が多く、その都度、雨漏りの程度を調べに行っています。
 急に田舎から大都会に出て来て、こんどは、すべての物価が高いので驚いています。(中略)町の生活は本当に厳しいと思うことが度々です。(中略)2人は幼稚園、私は日本語学校の方を少しづつ手伝っています。日本語も教えるとなると難しいものですね。1クラスに13名いて、6冊の教科、そして、1人々々進度が違います。
 昔の日本の寺小屋式以上の複式教授法です。毎日60の手習いで頑張っています。






『大雨のサンパウロへ』

〜ブラジル・サンバウロ〜
イエズス会 司祭 貝塚博身
 今回も東京で大変お世話になりました(中略)。「日本はやはり、いい所だなあ」という思いをいっぱいにしながら帰伯しました。
 リオまで飛行機はスムースに飛んだのですけれど、私たちが着く2月1日は、サンパウロ・パラナ地方は大雨のため、私たちが乗った飛行機は、リオを1時間ぐらい遅れて発ったのですけれど、コンゴニア空港の上空からカンビーナスのビラコッポス飛行場に向い、そこで人々を降してしまいました。沢山の荷物があるためバスには乗れず、飛行場の片隅に荷物を積み上げ、四人が迎えの車を待ったのですが夜の10時近くになっても、着いていなければならない堀江神父様も来ません。とうとう、私たちは、二人の方は近くの信者さんのお宅へ、私たちはイエズス会の修道院にとまることにしました。私たちが去った後、午前3時頃、堀江神父様は誰もいない飛行場に着き、そのまま、サンパウロに引き返したそうです。その日のサンパウロ市内は水の中に浸っていたそうです。60年、ここに住んでいるが、こんなのは始めてだと言っていました。
 どんな難関も乗りこえなさいというイエズスさまの教えだったのかもわかりません。
 私も、さっそく古い教会の主任に命ぜられてとまどっています。このとまどいの中で、日本に行って来て良かったと思います。
 心あたたかい人々に出会ったことによって、これからぶつかってくることがらに、飛ばされないで受けることができるような気がします。どうぞ、お祈り下さい。