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KIZUNA 日本カトリック海外宣教者を支援する会 JAPAN CATHOLIC ASSICIATION FOR AID TO OVERSEAS MISSIONARIES





『ザ・メッセージ』

 (海外短信)  (敬称略)
  • 海外宣教者を支援する会が、会員増加とともに輪を広げ、充実され、活発になっているのは、ひとえに、お一人お一人の愛が、全世界に向けられて来ていると言えましょう。…キリストを通して、祈りによって支えられているということを毎日感じない時はありません。これこそ、海外で働くもののエネルギー源であります…心からの感謝をこめて〜
    (マダガスカル・マリアの宣教者フランシスコ修道会 遠藤能子)
  • 村の人も町の人も、タイコを叩き、踊り、歌い、クリスマスをお祈りします。こちらはホワイト・クリスマスは夢のまたゆめ…汗をふきながらの静けき真夜中でした。
    (ナイジェリア・御聖体の宣教クララ修道会 吉田富美子)
  • ローシャイタ神父様。お送り頂きましたお薬の小包四個を、三月六日の金曜日に受取りました。一月十日と二月十二日にお送り下さいました二個づつが一緒に着きました。少しづつこの場所になれてくると、地域の人たち、また、その必要性、可能性、そして生活の中で、彼らが何を学んだらよいかなどが分って来ます。三月十一日で、この貧しい一角、TOHADに来てから一年になります。はじめにいろいろ困難がありました。現在も困難はありますが、希望のある日々となっています…最後にもう一度、ご援助に御礼申し上げます(訳)チャド・Sr HELENA
    (ブラジル・日本人宣教者と働いていたブラジル人シスター)
  • 中谷功神父様。本日、大変…貴重な品々を頂き、心から嬉しく、胸がせまって参りました。深く……御礼申上げます。早速…受洗の喜びを頂きました。四年女子部淑鈴が、我々.の寮に住んでおりますので、受洗のお祝いとして聖書一掃、美しいカレンダーと聖絵を三枚あげました。目を輝かせた彼女の喜びをお伝え出来ないのが残念です。
    (台湾・マリアの宣教者フランシスコ修道会 大木マリア)






『ECHO』

  • いろいろ活動のお手伝い等も致したいとは思っているのですが、教会学校を受持っておりますので、ほとんど時間がとれません。取り敢えず個人会員の方へ申込ませて頂きますが、クリスマスカード等の発送ぐらいはお手伝い出来ることもあるかと思います。
    (相模原・橋本敏子)
  • 「きずな」を送って下さり、どうもありがとうございます。厳しい生活環境の中にあっても、海外宣教者の上に、主の豊かな恵みがありますようにお祈り申上げます。
    (富士青田・東海林義夫)






    『アフリカ・レポート』

     「会」の事務局長である梶川宏神父様は、昨年十一月二十二日から十二月二日まで、十一日間にわたって、国際協力委員会秘書の資格で、アフリカ各地の宣教状況を視察した。これは、さきの石神司教様の英語圏訪問に次ぎ、フランス語圏における宣教状況、日本人宣教者との接触、アフリカの現状に触れることによって、今後の、国際協力委員会として宣教活動の在り方などを考えることを目的としたものである。以下は、梶川神父様の「アフリカ・レポート」である。(この稿は今後連載していきます)


    国際協力委員会秘書 梶川宏
    〜ブルキナファツン〜
     十一月二十二日、七時十五分…飛行撥は町の真申の飛行場に無事到着しました。…ヨーロッパから空港に着くまでは、空の下は全くの砂漠でした。…アフリカの第一夜、ワガドゥグの司祭たちの宿舎に泊めて頂いています。…ベッドには蚊帳が吊ってあり、屋根には大きな庇がついていて……天井にはヤモリがはりついています…シーツは二枚、茶色く、赤くシワシワになっていました。アフリカの第一夜を迎えて、ある意味で、本当に満足しています。なんというか、やっとアフリカに来たような気がします。…宿舎に来る時、いくつかの街燈が灯いて、人が集まっているので、何をしているのかと聞いてみたら…子供達が先生について勉強をしていました。もう、夜の八時を過ぎています。電灯があるのは街燈だけなので、その下で、先生が自転車に乗って来て…子供達がそこに来て…勉強をしているのでした。先生が一生懸命教えていました。なにか、若い国が一生懸命勉強もしているようでした。
     十一月二十三日。朝五時半に起き…六時半に朝食。…外は涼しく、全く夏を感じさせない程で、長袖を着る涼しさでした。…七時にバスに乗ってポボデニフッンに行くことになっていました。……バス停に着きましたが…バスは未だ来ておらず、多勢集まっていました。
     七時から点呼で…バスに乗りました。…バスが出たのは八時半。
     私達とシスター以外はアフリカ人、…バス代は二人で五千フラン、日本円で約四千円ちょっとです。……バスは地平線の見える荒野を走っていきました。…ポボデュラグンまでの三六〇キロ、道路を走り続けても、どこにも工場らしい工場、工場地帯がありませんでした。
     農業と商業で成り立っているこの国…将来、この国がどのように発展してゆくかー。中間地点に来て、十五分の休憩…。バスが出発し…荒野がなくなり…だんだん緑が濃くなるに従い、町が見えて来ました。大きな電柱、まっ赤な土、アフリカは本当に赤土の大地″だと思います。…ワガドゥグからポボデごフッンへの道はプルキナファツンの唯一の国道ですが、周りは、赤土の、あるいは荒野、種木の林、所々にナンキン畑、佗んの少しだが綿花を作っている畑がありました…彼らの生産というと、綿花、ヒエ、トウモロコシ、それに落花生が蛋白源となっているそうです……海のないこの国の人口は約六百数十万ですが…人々が、厳しい環境の中で、ゆったりと生きていることを感じました…午後一時半、ポボデュラッンに着きました。タクシーをつかまえて車に乗りこんだところ、椅子が中にめり込んだ、日本なら廃車になるような車で、下りようとしたらなかなか立上れないほどでした。…二、三分後にエマールニックという、農村の指導者となる女子を育てる学校に着きました。マリアの御心の女子修道会の七人のシスターが迎えてくれました。一人はインド人、二人は多分フランス人、院長はアフリカ人でした。
     …四時に…シスターたちが迎えに来てくれて、シスター谷口のフランシスケンの修道院に行くことになりました。フランシスケンの修道院は、ロドの町の中にあります…修道院には二十三人のポストラント、五人のノビスがいて、ブルキナ・ファソ、セネガル、ポーランドのシスター、日本のシスター谷口が養成の担当者です。シスター谷口とお会いし、彼女が元気なので安心しました。(つづく))






    『社会における教会の役割発刊』

     発刊のことば 国際協力委員会編
     ブラジルの教会は、社会の変革に対し明確な態度をとり、「解放の神学」と「貧しきものの優先権」を示している。ブラジルの教会は一般の人々に理解を促しているので、神学的な考察も含めて、この小冊子を発刊した。

     申込先=102東京都千代田区六番町lO―1日本カトリック移住協議会