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KIZUNA 日本カトリック海外宣教者を支援する会 JAPAN CATHOLIC ASSICIATION FOR AID TO OVERSEAS MISSIONARIES





『南米』






『スラム・の保育所完成』

〜ブラジル〜
ベタニア修道女会 ブラジル修道院姉妹一同
 …ロンドリーナ市のファベラ(スラム)に通い始めて一年になりますが、家庭訪問(二五〇家族)と調査をした後、手芸を教えたりファベラの人々と月一度集会を重ねて、保育所を始めることになりました。…このインフレのひどいブラジルで、寄附を願うことが、どんなに大変なことかと思いながらも、それでも、僅かな御寄附でも、私達がどんなに感謝して受け取ったか′…。
 (保育所の建設は)ファベラに隣接する蚕糸工場の責任者の方が、工事…材料購入についての労を引受けて下さり…お金の状態をみながら、材料を購入して下さいました。不思議なことに、必要なだけの材料を、その都度買うことが出来…この蚕糸工場の方も…この工事が始まってから「不思議ですね、必要な時に、必要なだけの材料が買える…」と、「不思議ですね」と繰り返していました。この方はブラジルに来て13年、カトリック信者ではございませんが、「最近、神さまがいらっしゃるんじゃないかと思うようになりました」と仰言り、勉強を始めることになりました。
 工事も大変順調に進み、八月七日に落成式…海外宣教者を支援する会からの…思いがけない大きな援助で、集会所兼聖堂の建物も、ペンキを塗り、屋根も新しくすることが出来(ました)。
(大場嘉代子)
 物的にも霊的にも大きな力を得まして、クレッシェの仕事を始めることが出来ますことを、心から感謝申上げております。
(木村依子)
 神様が多くの方々を通して、このフ丁ベラの人々のために働いていらっしゃることを感じ、私たちにとって奇跡と思われる主の配慮を、日々の出来ごとの中で体験させて頂いております。
(松本圭世)
 保育園の建築も終り、たゞ今、子供(が)二十三人来ております。スラムの人たちは、自分たちの保育園という意識をもって、この建築中、日曜日の幾日かは、勤労奉仕も行われト感謝しております。
(松永泰子)
 時があるうちに”今″を大切に生かさせて頂いております。…主のなさることは何とすばらしいことでしょう。何一つとして手技りなく、ととのえられて運ばれていると思う日々です。
(松浦和子)
 支援する会からのご寄附を、一同感謝をもって頂きました。日本の皆様の祈りによって支えられ、歩ませていただいていることを、いつも感じております。
(原ワカ)






『移住30年まだ電化せず』

〜パラグアイ〜
聖霊奉侍布教修道女会 林静子
 …私とSr宮入が働いている移住地も、今年で満罰年になりました。
 一時は、沢山の家族が入って居りましたが、移住のまた移住で、……今は千名…にも満たないコロニアです。三十年経っても、まだ、電化されて居りません。…移住者が五、六年儲から電化促進委員会を作り、貯金をしておりましたが、去年からインフレがつよくなり、貯金は電化するための1-4ぐらいしか、集まって居りません。いま、すぐ近くに教会が建築中で、昨年一回崩れ…もう一度鉄筋を入れて、レンガを済み直しております。九月ぐらいまでには完成させたいのですが……。教会の建物がないので、私達の幼稚園が、今のところ、日曜日、教会代りに使われて居ります。
 昨日も二つ結婚式があり、雨のため車が通りませんでした。新郎新婦、仲人さん達が、四時間も馬に乗って結婚式にやって参りましたのには感心しました。…赤ちゃんの洗礼のために十何キロも、徒歩で歩いて来た家族も居りました。……一昨年は長雨のために大豆が腐り、収種が80%以上駄目になり、移住者も大変でしたが、昨年、大豆、小麦と二回豊作が続き…お蔭様で経済的にホッとしました。






『日本人運動会準備に大童』

聖霊奉侍布教修道女会 宮入きわ子
 …パラグアイでは昨年、ブラジルとの国境に、世界一と云われるようなダム…発電所が出来ました。また、アルゼンチンとの国境にも、同じような大きなダムを作って、発電所が出来つつあります。
 しかし、パラグアイ自身は貧しく、国道に沿った町にしか電気は通じておりません…ので、それぞれ石油や重油を買って、自家発電で使っています。
 …私は昨年からこちらに参りました。今は、移住地にある日本語学校で教えています。七月八日から、こちらの普通のスペイン語学校は冬休みに入りましたが、その冬休みの間に、私達は、より多くの授業をして…日本人運動会を行なう予定で…準備を進めています。
 …そのため、授業日数の少ない日本語学校ですが、運動会の練習、学習発表会の練習など、なかなかする事が沢山あります。





『バザーのために古着援助を!!』

聖霊奉侍布教修道女会 山田雲江
 …パラグアイも、いま、ひどいインフレ…物価は上昇する一方で、生活も大変です。幸い私は、貧しいながらも、移住地の方々がお心配り下さって、お米や野菜などを届けて下さったり…助けられて…生活しています。幼稚園の方は、父母会の方で、毎年バザーをしていただいて、その資金でなんとかやりくりして、自力でやって来ました。いま、そのバザーのために、古着などを…援助として送って頂けたらと祈り、願っています…子どものもの、冬物、なんでも、まだ使えるものでしたら、助かります。無理でなければ、その援助を、年間を通して続けて頂ければ幸いです。…いつも感謝の中に。






『難民、失業者溢れる』

〜ペルー〜
三位一体聖体宣教修道会 斉藤万里子
 ……カトリックが国教であるペルーなのに、熱心な信者は少なく、…泥棒もテロリスクも一応カトリックということになっ、ておりますし、とくに、移住初期に苦しい体験をした移民の方々には、カトリックも、ひどい目に合わされたペルー人の宗教としか映らず、その子供達である二世も、市役所に出生届を出すのと同じように、学校の入学手続等に必要なために、形式的に洗礼を受けていますが、熱心に日曜ごとに御ミサに行く人々はまれで、殆どは無関心で、亡くなりた時に、形式的に司祭を呼んでも、その後で盛大に、仏式で、お坊さんにお経をあげてもらい法事をするといった習慣が定着しています。…現在、リマ市には、山岳地帯から流れこんで来た難民と失業者が溢れております。多くは市周辺の砂漠地帯や空地を不法占拠して、野宿同然の砂糖きびの皮で編んだ、ムシロの囲いだけ、天井なしの家に住んでいます。…教皇様も心を痛められて、「神への飢えはなくてはならないが、パンの飢えはあってはならない」と叫ばれたのでした。
 …今年、二月…教皇さま…ペルー訪問は本当に、素晴らしいお恵みでした。……教皇様の力強い励ましと祈りと、使徒的模範は、悩む者、病める者、貧しき、小さい者の友であるキリスト様の御再臨を仰いだように思え、山上の垂訓の湯が再現されたようでした。






『食べない″のはダイエット″ではない』

聖心会 平尾道子
 私も早いもので三年目の冬を過しておりますが、教皇様の訪問をはじめ、いろいろの思いがけない出来ごとの中に、ペルーのさまざまな側面を学ぶ機会を得ました。…この7月訪日の独立記念日にはアランガルシア新大統領の就任式がありました。…就任後、最初の演説は…申、下層を代表し、現実の腐敗を切り開くという、社会主義の上に立った論理は明析で、多くの共感を呼んだようです。最後はキリストの言葉で結ばれ、キリスト者としての姿勢を示しておりました。…例の如く物価は上りつづけています…生徒の中にも栄養不足が目立っているようです。…英語の時間、…例文に一人のOLは、多分ダイエットで「朝食は何も食べません」というのがあり、ユーモアのつもりなのですが、多くの生徒は真面目にとっています。
 ……ダイエットではなく本当に食べない”食べられない″ことが珍しいことではないからです。飽食と飢えとが隣り合わせているこの世界をどのように考えたらいいのでしょうか。
 会の援助資金はスラムにあるアウグスチノの教区立となっている聖心校の給食食堂に使われています。…今年、外国の一女性が…寄付して下さったのをきっかけに……二つのプロジェクトを始めました。
 …それは生徒の健康管理(とくに結核)と、栄養補給のプロジェクトです。…何人まで出来るか分りませんが一歩前進出来ることは嬉しいことです。…先日、一年生が列を作って、まず、第一段階の結核の検査をはじめた時は嬉しかったです…しかし。これから治療となると、もっと大変なことでしょう…でも、いつも明るさを失わない生徒達…この生徒たちの将来に希望があるようにと祈らずにはいられません。






『親の愛に恵まれぬ子供たち』

〜ボリビア〜
礼拝会 斉藤クニ
 ボリビア・サンファン日本人移住地では、入植卸周年の祝典を致しました。ブラジルの聖体大会に御出席の白柳大司教様のお忙しいスケジュールを…早めて頂き…7月c日、生憎の大雨でしたが…ミサで始まった祝典のプログラムを続けました。…夜は盆踊り大会でしたが、故里を偲んで踊る日本人の間にまじって、ボリビア人も炭坑節…などを踊って、…微笑ましい風景でした。…一方では、踊って、楽しくしていますが、内情は大変苦しい実情にあります。…ドルは日に日に上昇し、ボリビアのペソは何の価値もなくなりました。
 …生活はますます苦しく、労働者はスト…を重ね、小さな家に何家族も住んでいるので子供たちは街に溢れ、悪い事を覚え、早熟な女子青年たちは、中学生のうちから、父親の分らない子を持つ等の例が是々見られます。…子供たちは、本当の両親の下で愛情深く育てられる例が少なく……私達の仕事は、これらの子供たちに勉強の場を与え……技術を身につけさせ、少しでも教養を、文化の向上をはかるために…教育することです。彼らはその日暮しで財はなく、貯えもなく、教材費、学用品も、すべて用意してあげないと来られません。
本当に、精神的にも、物質的にも貧しい人々です。






『アフリカ』






『マダガスカルへトラック』

 「マダガスカルのシスター本間を助ける会」の要請によって、援助が決定した(きずな″第11号既報)マダガスカルへの、救援物資運搬用小型トラックが、トヨタ自動車の協力によって、去る七月二十五日、名古屋港から、大阪商船三井のPIKE・BANK号でマダガスカルに向りて出発しました。
 車は、「トヨタ・ハイルックス・4WD」です。
 この事の援助資金は、皆さまのご協力によって多大の成果をあげることが出来ました。アフリカ援助のための、三方さんの画かれた絵ハガキの販売金の一部があてられました。
 ご協力頂きました皆様に心からの御礼を申上げるとともに、ご報告いたします。

〜マダガスカル〜
マリアの御心会 本間良子
 トヨタ自動車の革のことで、多大の御援助、心より、御礼申し上げます。…マダガスカルの高地タナナリープ地方の八月中旬は、日本の十月の気候で、セーターが必要です。
「きずな」八四年、十二月三日号(を受取り)ありがとうございました。太平洋、インド洋を、東西南北とまわって、昨年から旅をした「きずな」は、今日、八月十三日(一九八五年)に私の許に届きました。日本との距離を今更に感じます。

新しく出来た建物(左)と集会所兼聖堂(右)
新しく出来た建物(左)と集会所兼聖堂(右)

名古屋・トヨタ飛鳥船積センターで積込みを待つトラック
名古屋・トヨタ飛鳥船積センターで積込みを待つトラック






『診療所は始まったが困難続出!!』

〜タンザニア〜
援助修道会 柏瀬百合子
 私は5月にスワヒリ語の勉強を終え、診療所の仕事を本格的に始めました。外来クリニック病棟、母子保健クリニ,ク以床の施設です。英国から派遣されたシスター・エレーヌが総責任をとることになりました。…アメリカのメリノール会で養成された信徒宣教者として、女医のスーザン、看護婦サンディが3年の契約で手伝って下さることになり、大変心強いです。現地の方の中から、医療助手2人、助産婦2人、看護婦5人。検査技師助手1人、運転手1人、アフリカのシスター2人、その他、24時間サービスのための職員が数人働いています。なんといっても設備、器具、技術、知識が乏しいので、手術が必要ですとか、輸血しなければならない患者は、事で一〜二時間の町の病院に送らなければなりません。公立病院は無料ですが、物資がないので、どんな治療が受けられるのか保証出来ません。…いずれ、私達の所でも輸血が出来るだけの器具と、検査技師の養成を考慮していますが、実現出来るのは、いつのことでしょうか。一番犬切なことは、病気にかからないように、人々を教育刀(することです。水は必ず沸かして飲む″肉、魚等はよく調理し、十分、火を通して食べる靴を穿いて歩く″…小学校で教えるようなことですが、余りに貧しいので、…簡単なことでも、実現するのは大変なことです。栄養失調や麻疹のために死亡する子供も多いです。予防注射の大切なことを母親に教育して、赤ん坊には努めて予防接種を徹底させてはいるのですが、なにしろ奥地のこと、…ワクチンが送られてくるには…長い時間がかかり……それも充分にありません。
 私事ながら、私はマラリアにかかり、5日間、高熱と嘔吐で正体不明になりましたが、ドクター、現地の医師、タンザニアのシスターの手厚い治療と看護を受け、生命を救って頂きました。






『アジア』






『山頂に小学校開校』

〜ネパール〜
ノートルダム教育修道女会 今村精子 金谷美代子 河瀬須恵 田中笹子
 私たちのネパールでの歩みも、2年目を迎えようとしています。
…カトマンズから西へ約一五〇km…海抜九五〇mの山の頂上に、人口二〇〇〇人、…以前、宿場町として栄えた…バンデ・プールがあります。…山頂から…幾重にも重なる山々の、はるか彼方に、一だんと高く聾え立つヒマラヤの山なみは、実に美しい(のですが)、離島に次ぐ山頂の生活は…厳しいものがあります。…雨の降らない糾」季は、地一面、茶褐色で…じやが芋、玉ねぎ以外は食卓を賑わすものは何もなく、濯漑設備のない農業の貧困さが、窺えます。
 今年一月末、教区長…の要請と、村人の熱望に応え、バンデ・プールに…ノートルダム・シスターズ運営の小学校…開設が決定…急ピッチで…準備を取り急ぎ…五月一日、バンデ・プール・ノートルダム小学校が開校(しました。)…学校が始まってから…約二カ月、子供たちも学校生活にも慣れ、泣く子もいなくなウリズム体操も出来るようになりました。…l方、貧しい人々の必要に応える意図で、古都バタンで、昨年十二月から編物と洋裁を、今年二月から英語をそれぞれ教えています。……パタンは…ネワール族の住む…仏教都市で、殆どが仏教徒ですが…後にヒンズー教徒も入り込んで、混合宗教的なところも見受けられます。…彼らの殆どは農耕従事者で、とくに女性の75%は、学校に行かず、終日、田畑の仕事、子守りに終始するのです。…女性対象に編物…裁縫を教えているのですが、編物は簡単な製品、マフラー、帽子、カーディガンなど編めるようになり、今は、裁縫の基礎縫いに…余念があり(ません)。
 …雨期、舗装されていない道、下水道のない道は、一瞬にしてぬかるみ、右に左に、穴ぼこを避けながら、悪臭の道…は長く続くのです。…雨上り、太陽がカッと照りつけ、身の丈を越したマツカイ(とうもろこし)が、グンと伸びます。






『Srジャパンを見習え″と』

〜インドネシア〜
聖母カテキスタ会 浜谷真佐美
 長い間お便りしないうちに…いろいろなことがありました。五月に大火があり、7世帯が焼け出されました。…火災のさ中に、焼け出された信者のうちの一人が出産となり…現場で介助しなければな但りませんでした。幸い、母子共に健全でしたが、いま思い出してもあの恐しさを忘れることが出来ません。……インドネシアは7年前とは、ずい分変りました。…日本からの協力援助、文化援助で…一生懸命前向きで進んでいます。……私…ラウエデスキーで働いて7年間……本当によく頑張って、よかったと思います。…ここでもう一つ頑張ろうと思うのは、マルディンディンに保育所を設けて、バタック族の中のカロ族の谷に、もう一つ力を入れたいのです。…ここでの幼児教育に目をつけています。青年…と父兄の教育に時間を…かけたいのです…マルディンディンの村長から、…3年前に願われていたのです。……具体的には困難な問題が沢山あります。…私が山の中で、……日本女性としてただ一人、バタック族の人々の中に居て、これが一般住民の方々の支えになっていると…父兄の方々から云われました.子供が、仕事がつらいとか…云りて仕事を中断しようとした時…「日本のあんな進んだ国から一人で山の中に住んで、もう7年…自分達以上に沢山の困難を蒐服して…信者や患者のために夜も畳も頑張りているのに…シスター・ジャバンを見習いなさい……」等と、子供のお手本となりているようです。…まあ、なんでも良い結果になれば、それでよいのですから…。
 今となりてみて、やっぱり、7年間頑張って来て、よかりたと思います。