マダガスカルの現状について
現在マダガスカルではマリアの宣教者フランシスコ修道会のシスター牧野 幸江とシスター平間 理子の2人が医療協力を通じて長年宣教活動を行っています。今般、この国を国立国際医療研究センターの外科医である高井 彩さんが国際医療協力部の臨床医向け研修プログラムの一端として訪問されて、10月14日から11月18日まで現地に滞在されました。その間、ドクター高井さんは平間シスターの勤務されているスール・アンカディフォツィ診療所で医学研修をされると共に、アンチラベのアベマリア病院も訪問され、シスター牧野とも会って、お話をされる機会を持たれました。
帰国後の11月29日、ドクター高井は当会の事務所に来訪されて、現地の様子をまとめた報告書を提出して下さいました。これは、現地の一般情勢や医療事情、さらにはシスター方の活動状況を知るための貴重な資料でもありますので、ドクターのご了承を得て、このホームページに掲載させていただきます。
マダガスカル共和国研修報告
国立国際医療研究センター 外科 レジデント 高井 彩
私は現在、国立国際医療研究センター外科に所属しています。国際協力にも関心があり、開発途上国における医療の現状や医療資源の限られた環境での治療の在り方について学びたいと考え、当センター国際医療協力部の臨床医向け研修プログラムに参加することとなりました。
マダガスカル共和国で長年活動を続けておられる平間理子シスターのご活躍をかねてより伺っており、平間シスターの勤務されているクリニックでの研修を希望し、今回快く研修を受け入れて頂きました。
研修内容としては、2010年10月14日から11月18日まで平間シスターの勤務されているスール・アンカディフォツィ診療所に滞在し、寄生虫をはじめとする感染症疾患、外傷、外科疾患の診療・手術を見学させて頂きました。貴重な体験を数多くさせて頂き、大変感謝しております。
シスター平間やシスター牧野のご活動や、今回の研修を通じて私か体感したマダガスカルの現状をご報告させて頂きたいと思います。
シスター平間の診療所で
アンチラベのアベマリア病院のシスター牧野にも会いに行きました
《マダガスカル共和国の政治情勢》
2009年3月に反政府勢力が軍の支持を受け暫定政権が発足しておりますが、国際社会の支持が得られておらず、アフリカ統一機構、SADC及び仏語圏国際機関(OIF)への参加資格も停止しています。また主要ドナー国からの新規援助は凍結となっています。
経済活動の低下から、治安は悪化し、ストも頻発しておりました。私のマダガスカル滞在中も賃金の是正を求めて裁判官、教員、医師のストライキが行われました。
11月17日には憲法改正の是非を問う国民選挙が行われましたが、選挙前は反政府勢力によるデモが行われ、軍が出動しています。左の写真は軍の出動を伝える新聞です。中央および右の写真は反政府集会が行われる会場近くの広場です。以前は一面芝生で中央にきれいな看板が建っていましたが、デモ隊により焼かれてしまいました。中央はデモ翌日の写真で右側は後日修復作業中の写真です。これらの写真からもわかるようにマダガスカル共和国の政情は安定しておらず、11月17日に軍の一部が反乱を起こし、一時空港近くに立てこもる事態が生じています。
《マダガスカル共和国の医療の現状》
2008年時点での平均寿命は60歳(日本は83歳)、乳児死亡率は出生1000あたり68(日本は3)、5歳末満児死亡率は出生1000あたり106(日本は3)、妊産婦死亡率は出生10万あたり469(日本は3)となっており、先進国である日本と比べると保健指標は非常に悪いです。
日本のような国民健康保険制度はなく、公立病院は入院費が無料となっているものの、ガーゼ、薬剤にわたる全ての治療に要する物品を購入しなければならず、治療費が払えなくなると治療が終了していなくても退院になってしまうことがあります。
病院の設備も不十分であり、CTは国内に2台あるものの、故障していることも多々あるようです。またCT撮影費用も造影剤を使わずに撮影する場合でも約1万円であり、所得が1日1ドル未満の人口割合が60%を超えるマダガスカルでは非常に高価なものとなっています。放射線治療用の機械も国内に1台ありましたが部品が盗難に遭い、現在使用不可能となっています。
以上から、貧困層の医療へのアクセスは困難であり、医療施設自体の設備・診断・治療も先進国と比較するとまだ大きく遅れをとっております。
病院外観の写真 病室のベッドの写真
マダガスカル共和国の東海岸に位置する港町タマタヴの国立病院とその病室。無料の大部屋は8〜10人床。マットレス以外のシーツ、布団、枕類は入院患者が持参しなければならない。食事に関しても家族が持参するシステムになっています。
アンタナナリヴォ郊外(車で約1時間)の村の診療所。村で唯一の医療施設ですが、訪間日は医師がストライキのため不在でした。おもに妊産婦のケア、分娩を行っていますが、その他の疾患の診療も行われます。妊産婦に対しては超音波検査、尿検査の他、マラリア・梅毒・HIV(キット)の検査を行っています。対応できない症例はアンタナナリヴォに送ることになります。
《マダガスカル共和国におけるスール・アンカディフォツィ診療所の役割》
今回研修をさせて頂いた平間シスターの勤務されているクリニックです。古い建物ではありますが、公立の病院と比較すると掃除が行き届いており、非常に清潔な印象があります。 JICA顧問医師のドクター・フェリックスも勤務されていることもあり、日本人も受診しやすい病院となっています。レントゲン、エコーを備えていますが、CTがなく、脳血管障害等の撮影が必要となる疾患の場合は6km先の病院まで患者を搬送して撮影を行います。私の約1ヵ月の研修期間中には4件の搬送があり、救急車での搬送に同乗しました。首都とはいえ、道の整備は不十分であり、救急車でもあまり速度は出せず、振動も大きいため患者への悪影響も懸念される状態での搬送でした。また器材の問題もあり、車内にはモニターの機械がなく、搬送中の患者の急変時の対応が困難となっています。加えてCT撮影が前述のように高価であることからも、現在は主に脳血管障害が疑われる症例を中心に撮影が行われていました。
クリニックのレントゲン室。この機械よりもやや新しい機械がもう1台ありますが、 古いこの機械もまだ撮影可能であり、大事に使っています。
同じくクリニックの超音波。こちらも旧式の機械で日本の最新のものと比較すると機能は劣りますが、日中は超音波専門の医師かおり、検査が可能となっています。ただし夜間・休日は救急外来のポータブルの機械を使用することになりますが、あまり使用はされていませんでした。
このような環境の中で、クリニックはできるかぎりの治療の提供を心掛けており、緊急症例の受入れ、夜間の緊急手術にも対応しています。手術器材も不足し、切れ味の悪い鋏や種類の少ないドレーン、市場で買ってきたドリルを滅菌して整形外科の手術に使用するなど条件の悪い中で最善の結果を出せるよう各先生方が努力を重ねています。
救急外来のベッド。簡易ではあるがエコーの機械が一台設置されています。
当直医師の診察室。奥にベッド、ジャワ一室かおり、3人の医師が24時間交代で日中、夜
間の緊急症例の対応を行っています。
手術室。電気メスの機械はあるが、電圧が一定せず動作が不安定のためあまり使用されていない。 たまにハエがはいってくると看護助手がハエたたきを持って追い回していました。
酸素ボンペ。建物内の設置が禁止されているため屋外に設置し、
配管を通じて手術室をはじめとする各室に酸素を供給します。
看護師詰所の壁。タイルに各患者ごとの当日の投薬内容が記載され、その下に
投薬予定の点滴や内服薬を配置しています。以前はカルテもないような環境でしたが
平間シスターが温度版を作製し、現在はそれが全患者に使用されています。
現在のマダガスカルの医療水準を先進国に近付けていくには、より一層の設備の充実、医療従事者への技術支援・教育が必要と考えます。また水準の引き上げと同時になるべく多くの人に医療を提供していくことが重要な課題となります。
貧困層はこれまで入院費のかからない公立の病院を受診する傾向にありましたが、医師のストライキや治療材料の出費を合計するとかなりの額になることから、公立の病院での治療へのアクセスも困難になってきています。また、お金がなくなってしまうと治療半ばで退院になってしまうなどの現状があります。
このような状況の中でスール・アンカディフォツィ診療所が今後いかにより貧困層へ門戸を開放していくかも重要となり、この中でやはり海外からの援助がかかせない要素となってくると思われます。患者への負担をなるべく軽減しながら十分な治療を提供していく、すなわち設備の充実や医療従事者の教育を図っていくためにはまだ海外援助に頼らざるを得ない状況にあります。
残念ながら政情の悪化のためマダガスカル共和国に対する主要ドナー国からの新規援助は凍結されており、政治混乱の長期化も予想されます。この中でNGOを中心とした資金援助が今後非常に重要になっていくと考えます。
今回の研修は私にとってはじめてのアフリカとなりましたが、平間シスターの温かい歓迎を受け、大変充実した研修となりました。
政情不安定な中、マダガスカルの医療の改善のために活動を続けられているシスターおよびその支援を行われている「宣教者を支援する会」の皆さまの今後の一層のご活躍をお祈り申し上げます。
(以上)
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