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KIZUNA 日本カトリック海外宣教者を支援する会 JAPAN CATHOLIC ASSICIATION FOR AID TO OVERSEAS MISSIONARIES

宣教者の声

ボリビアからのお便り(サンタ・クルスにて)

礼拝会 シスター斉藤 クニ子

 月日の経つのは早いものと昔から言われておりますが、まことにその通りで、今年も12月に入っていまいました。
 「カトリック生活」誌をお送り頂きましたのが、昨日無事に着きました。有り難うございました。日本の事情を知ることができて、本当にうれしいです。お忙しい中で本をお送り下さって、本当に有り難うございました。
 こちらボリビアでは政権が変わりましてから、ハンガーストが行われたり、バリケードが設けられたりなど、何か不安の日々が続いています。先日こちらの保育園の先生がコチャバンバで行われた講習会に出席し、月曜日に帰るはずだったのですが、2ヶ所のバリケードに出遭い、水曜日にやっと帰ってきました。学生たちも石を投げたり、棒で家屋の窓などを壊したりしていますので、毎日恐ろしい日々を過ごしております。
 今日は金曜日ですが、すべての機関が停止して、バスもタクシーも休み、保育園も閉鎖しています。これでは貧乏な国がますます乏しくなって、職のない人々で溢れるばかりです。
 お礼のお手紙が悲しい報告になりましたけど、ボリビアのためにお祈り下さいませ。
 クリスマスには皆が幸せで、平和の国が来ますように、皆々様のお仕事の上に神様のおめぐみが豊にと祈っています。
2006年12月01日




ミクロネシアからのお便り(ポンペイにて)

援助マリア修道会 シスター斉藤 高子/木村 和恵

 皆様方の支えと援助を感謝いたします。幼きイエス様のよろこびと平和が皆様方の上にありますようにお祈りします。私たちのポナペ宣教も26年目の歩みを始めています。時に遅々とした宣教にがっかりすることがありますが、主はいつも私たちと共にいて下さり、ご自身が働いて下さるという希望もあります。
 10月に8人の助祭が誕生しました。司祭、修道者の召命はむずかしいですね。それでも若いミクロネシアのシスターに続く2人の若いお嬢さんが、神の呼び掛けにこたえようと、歩み始めました。どうぞお祈り下さい。
 祈りと感謝をこめて、暑いポンペイから。

クリスマスおめでとうございます
クリスマスおめでとうございます
2006年12月05日




ボリビアからのお便り(コチャバンバにて)

福岡教区 野原 昭子

海外宣教を支援する会の皆様へ
 幼子イエス様は障害を持つ姿をとられ、私たちと共に住まわれる。感謝、感謝。
 本当に何年も私たちの家を見守り、物的にも霊的にも支えて下さる会の皆様に心から感謝しつつ、2006年を閉じ、新たな希望に夢をふくらませながら、2007年を歩み始めます。いつもお礼の手紙も出さずに申し訳なく思いながら、ロザリオの祈りを毎日皆で唱えながらお祈りしています。
 本当にありがとうございます。続けてお祈り下さいませ。

家のメンバーの寄せ書き
家のメンバーの寄せ書き

家族全員集合
家族全員集合
2006年12月12日




コンゴからのお便り(キンシャサにて)

マリアの宣教者フランシスコ修道会 シスター中村 寛子

海外宣教を支援する会の皆様へ
ひとりのみどりごが私たちのために生まれた。
ひとりの男の子が私たちに与えられた。
権威が彼の肩にある。
その名は「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられる。
 救い主、平和の君、イエス キリストのご降誕おめでとうございます。冒頭のイザヤ書のみことばは、特にコンゴに住む人々に神様が啓示くださる特別のメッセージとして心にひびきます。
 皆様の力強い励ましと応援によりコンゴ民主共和国は新しく生まれ変わる第一歩を踏み出しました。この希望につながる2006年をふり返り、皆様に私たちの感謝の心を表したいと思います。
 "福者マリードラパッションの子供の家"と名付けられた孤児院の建築が完成し、11月12日に落成式を行うことができました。皆様の寛大なお志と応援によってエイズで両親を亡くした子供、売春によって生まれ母に捨てられた子供、悪魔付きと言われて家を追い出された子供、悲惨な過去を背負った子供たちは安全に心身共に保護される家を持ちました。スペイン軍隊のお下がりのテント住まいは風通しが悪く、雨は床から浸水して、直ぐにマットレスは水浸しになってしまう生活から脱け出して、今は一人ずつ自分のベッドに寝ることができます。寝室は男子用、女子用と大部屋が2室、小さなベッドが20台ある乳幼児用の大部屋1室で、定員は50人です。
 現在、半分以上が他の収容所に行ったので、18人が残りましたが、直ぐに人数は増えることでしょう。以前は屋外でしたが、明るい調理室、洗濯場、大きなテーブルを囲んで楽しく食事ができる食堂、遊戯室を兼ねた勉強室、職員の事務所と寝室、清潔なトイレとシャワー室、屋外には洞窟のマリア様のいらっしゃる祈りの場所もあります。
 2005年8月に工事に着工して、遅くとも今年の2月に終わる筈だったのが、大幅に遅れ、完成までに15ヶ月も掛かりました。色々な問題が起こり、しばしば頭を悩まされました。
 工事が遅れた原因は建設を請け負った建築会社の社長が事もあろうに、大統領になる夢を持ったことでした。私たちにとって不運だったことは建築と選挙の時期が重なったことでした。選挙運動のため工事と資材購入のために支払われた金額の使い込みをして、工事が進まなくなりました。工事も終わりに近付き、完成も間もないと思っていたのに、いつまで経っても変化がなく、工事人もぶらぶらするばかり、私たちは頭に来たり、お話しにならないとあきれ果てたり……。
 40年来初めての民主的な大統領選挙で、条件を満たしていれば、誰でも候補者となれたのです。彼は未だ若く、30代後半で一つの党の党首であり、自信満々でしたが、最終的に大統領候補の登録料5万ドルが満額払えず、立候補が受理されなかったのです。そこで同時に行われた国会議員候補に鞍替えし、その登録料250ドルで立候補したのですが、見事に落選してしまいました。
 工事費に穴を開け、この借金をどのように返済できるのか、弁護士の協力を得て追跡中です。彼に工事から手を引かせ、残された仕事をやり遂げるため、シスターたちが資材購入し、人を雇ってようやく9月に建築の完成を見ることができました。お陰で私たちはしろうとながら建築の方面に少し明るくなりました。
 次に起きた問題は笑い話にもならない、馬鹿げたことでしたが、誤解からの嫌がらせでした。子供の家は、学校(幼・小・中・高)や老人ホームと修道院がある私たちの修道会の所有地の一部に建てられたのですが、学校の先生たちと父兄の一部が学校の土地だと勘違いし、修道会を非難する文章を作り、大々的に関係諸庁に配り、土地代金3万ドルを支払えというものでした。その上、工事を中止し、建物も壊すと暴力団まがいの脅迫でしたが、学校創立の1933年からずっと土地登記が修道会の名になっていることを知って、この問題もうやむやに終わってしまいました。お金のこととなると大騒ぎになるのです。
 国の認可も正式に下り、諸問題も解決され、子供たちもシスターたちも晴れ晴れとした気持ちで落成式を祝うことができました。うちの子供たちを日頃から可愛がって下さる教区の主任神父様がミサをたてて下さいました。ところが今度は天から問題が天下って来ました。今年は天候が以上でほとんど毎日に雨が降り、またたく間に行き場のない雨水が院内に浸水して来るので、急きょ屋根の樋から雨水を貯める貯水槽を建設し、悩ます雨水を生活のために利用できるようにすることにしました。その費用は4万8千ドルで工事は始まりましたが、現在その資金を探している最中です。神様の御摂理に信頼しています。
 12月6日に大統領の就任式があり、第三次コンゴ民主共和国の誕生となりました。昨年12月に行われた憲法改正のための国民投票によって新憲法が公布され、それに基づいて大統領、国会、地方議員のための選挙が行われました。
 第一回目は大統領と国会議員のための選挙で、7月30日に行われましたが、過半数を得票した候補者がいませんでした。そのため10月29日に上位2名の得票者ジョゼフ・カビラ氏とジャン・ピエール・ベンバ氏の間で決選投票が地方議員の選挙と同時に行われました。現職のカビラ氏が58%の得票数を得て、勝利を獲得し、40年来初めての民主的選挙で選ばれた大統領の誕生となりました。
 この一年の間、コンゴは全く選挙一色に塗りつぶされました。私は第一回、第二回の両方とも選挙監視員に任命されました。10月29日に行われた第二回の決選投票後の様子をお知らせしましょう。
 第一回の選挙結果が発表された8月20日から3日間、上位2名の候補者の私兵の間で銃撃戦があり、キンシャサ市内ではかって経験しなかったような戦争状態になり、市民の生活を無視した野蛮な暴挙に非難がごうごうでした。どちらが仕掛け、どういう理由か知らされず、うやむやになってしまいました。あわてて国連の兵士たちは市内のあちらこちらの主要な建物の前にトーチカを造り、戦車を出動し、見張っていました。
 そんなこともあり、第二回の選挙結果の発表後どんな不祥事が起きるか分からないと市民は不安で一杯でした。私が監視員として所属している「諸宗教の選挙監視団」は全国にいる4万人の監視員のネットワークを利用して、自由、平和、真正な民主的選挙運動の一環として選挙結果を平和に受け入れる非暴力のキャンペーンを直ちに全国的に行い、そのリーダー養成の講習会を次々に輪のように繰り広げて行きました。
 その講習会には二人の大統領候補にも招待状を出しました。二人とも呼び掛けに応じて、それぞれの代理者を参加させました。学生たちもたくさん参加し、特にサッカーのプロ選手たちの参加が若者たちに大きな影響を及ぼしました。平和は全国民の願いです。諸宗教の各教会ではいたるところで熱心な祈りがそれぞれの神に捧げられました。
 お陰様で大統領就任式は無事に滞りなく行われました。まだ政府の組閣は発表されていません。祝賀の雰囲気は全くなく、以前と変わらない日常生活が続いています。
 2007年が新しい国家にとって希望の年となるか、その歩みは大統領や政府関係者だけではなく、全国民にかかっています。
 どうぞ今までに変わらぬ関心とお祈りで国家建設のため応援をお願いいたします。東部では紛争が続いています。戦争による混乱に終止符を打って、それに費やすエネルギーを復興、発展に使っていけますように。新しい年がお一人お一人にとって神の祝福に満たされ、幸福な充実したものでありますように。
 私個人としては2007年に霊的刷新の再養成のため1年間日本で過ごすことになりました。お目に掛かれる機会もあることと思います。その時はどうぞよろしく。
 コンゴのシスターたち、子供たち共々、心からの感謝を込めて。

子供の家の入り口
子供の家の入り口

同上食堂にて
同上食堂にて

大統領選挙の監視員として同僚と共に
大統領選挙の監視員として同僚と共に

2006年12月15日




ボリビアからのお便り(サンタ・クルスにて)

宮崎カリタス女子修道会 シスター末吉 順子/立石 順子他姉妹

 主のご降誕と新年のお喜びを申し上げます。いかがお過ごしでしょうか?
 ボリビア サンタクルスでは、しとしと雨の降る、真夏のクリスマスを迎えようとしています。宮崎カリタス修道女会のボリビア地区のシスターたちは、それぞれの場でボリビアの人々とともに幼子イエス様を迎える準備をしてきました。聖なるこの夜、わたしたちが用意した馬小屋に神の子、イエス様のかわいらしいお顔を見ることができるでしょう!!
 このクリスマスに様々な出来事があったこの年を、感慨深く思い起こしながら、海外で宣教・奉仕する私たちをいつも、ご支援くださる皆様の暖かく心強い支援に感謝しています。この不安定な政情・経済情勢の続くボリビアの国において平和と一致のうちに、全ての人ための良き道が見つかりますように。また、世界中の人々の心が神様の愛と平安で満たされますようにと、幼子イエス様の安らかな寝顔に祈りたいと思います。
 それでは、日本カトリック海外宣教者を支援する会の皆様と世界中で奉仕している兄弟姉妹の皆様のご健康とご活躍を心よりお祈り申し上げつつ、簡単ですが主の降誕のお喜びの挨拶とさせていただきたいと思います。

サンタ・クルスの姉妹一同
サンタ・クルスの姉妹一同
2006年12月24日




カンボジアからのお便り(シェムリアップにて)

ショファイュの幼きイエズス修道会 シスター樫野 寿美子/園田 国子/黒岩 あつ子

主のご降誕と新年のお喜びを申し上げます。
 クリスマス、如何お迎えでしょうか?
 私たちは、カンボジア・シェムリアップで4年を経て、5回目のクリスマスを迎えることとなりました。教会といっても、一教室分にも足りないほどの広さの一室の隅に祭壇があるに過ぎなかったシェムリアップ教会も、今ではぎっしり入れば500人、600人位は入れそうな大きな教会になりました。
 私たちのプノム・クラオムでの活動も小さな、小さな歩みから、昨年10月よりプレ・スクールを始め、1年が経ちました。四苦八苦の連続ですが、子供たちの喜びと成長を目にすることができるのは、大きな慰め、喜び、感謝の恵みです。さらに、最近とても嬉しいことがありました。
 センターのすぐ隣の家に住んでいるお母さんのことです。そのお母さんには約2ヶ月前から週に2回、ボボー(雑炊)を作って、センターの活動に協力して頂いています。そのお母さんが近くに新しく立派な施設を建てて、子供たちに昼食を提供する活動を始めた韓国のNGOから、お手伝いとして働いて欲しいと声をかけられました。私たちに手伝って頂いていても、お支払いできるお金は僅かです。お金のことを考えると、当然NGOでのお仕事の方がいい訳です。しかしそのお母さんは、私たちの方から先に頼まれたからと二度、三度の誘いにも関わらず、お断りしたそうです。
 そのことを知った私たちは心苦しく思い、尋ねてみることにしました。お返事は「娘も3人お世話になっていて、シスターたちの心はよく知っているし、シスターたちの活動が大好きです。主人もそれで良いと賛成してくれています。」と言うことでした。
 お金を選ぶよりも、私たちのお手伝いをする方を選ぶことができるのは、貧しい生活を強いられていないからかも知れません。しかし、まだまだお金は必要な筈です。
 4年経ち、特に子供たちとの関わりを通して、私たちのことを、また私たちの活動を本当に受け入れて下さっているご両親の気持ちが具体的な形で現れたのです。意識こそしていませんでしたが、待ちに待っていたことでした。
 私たちの活動の場、プノム・クラオムに住む弱く、小さく、貧しい人たち、子供たちの生活の中で家庭訪問も続けながら、共に生き、育まれていくために必要なことを探り、見極め、それでも失敗しながらも地道に援助し続けてきたお陰ではないかと、クリスマスを目前に大きなプレゼントを頂いた思いに胸が熱くなりました。そして今、クリスマスにこの喜びを分かつことができますことを真に感謝しています。
 これもひとえに、いつも祈り、直接、間接的にご協力、ご支援してくださっている皆様のお陰と重ねての感謝です。本当に有難うございます。
 クリスマスと新年が特に、幼子イエズス様の祝福で豊かに満たされますよう祈りつつ…。

クリスマスと新年のお祝い
クリスマスと新年のお祝い
2006年12月28日




ネパールからのお便り(ガンダキにて)

ノートルダム教育修道女会 シスター今村 精子/金谷 美代子/その他姉妹

Unto us this day is born a Savior who is the Christ the Holy One, Prince of Peace.
 クリスマスと新年おめでとうございます。
 この度は美しいカレンダーをお送り下さいまして、ありがとうございました。
 ネパールでは10年以上続いた政府とマオイストとの戦いが終わりました。このクリスマスは「平和」が訪れ、私たち一同、喜んでいます。
 感謝と共に。

修道院自作のクリスマス・カード
修道院自作のクリスマス・カード
2006年12月




韓国からのお便り(テジョンにて)

御聖体の宣教クララ修道会 シスター小川 和子/山崎 三恵子
クリスマス・カード有り難うございました。 日頃のお祈りを心から感謝しています。新しい年も皆様のお働きの上に神さまの豊かな祝福と恵をお祈りいたします。
M・C手作りのクリスマス・カード
M・C手作りのクリスマス・カード
2006年12月




ドイツからのお便り(デュッセルドルフにて)

聖パウロ女子修道会 シスター比護 キクエ

 「五年も勤まれば…と思いながら派遣されてきたドイツでの生活も、今年で10年。ここまでこられたのも、本当に多くの方々のお祈りと励ましのおかげだと心から感謝しています。この20年間、私を支えてきてくれた多くのことのなかの一つに次の言葉があります。「ドイツヘ…」と言われて、簡単に「はい」と答えたものの、後から「多くのドイツ人宣教者の方々が日本にいるのに、私がドイツへ行くというのは、どういう意味があるのか?」という疑問がわき起こってきました。そこで、その年の黙想会を指導してくださった神父様にお尋ねしますと「修道会があなたを必要としているところは、教会があなたを必要としているところです。教会があなたを必要としているところは、神様があなたを必要としているところです」とおっしゃいました。このお言葉に安心して、金づちが海に飛び込むように、言葉もままならない未知の国ドイツへ来た20年前が懐かしく思い出されます。
 この二十年の間に、世界の政治・経済・マスメデイアなどが大きく変化しました。特にドイツの場今、東西統一という、奇蹟とも言える国民の長年の大悲願を達成し、首都もボンからベルリンへ移り、ほっとしたのもつかの間、その結果生じたマイナス面も多く、五百万の失業者と経済の低迷は、多くの社会福祉・医療面への国家予算の削減となって、国民の生活を以前より厳しいものにしています。それでも日本と比べると、まだまだ多くの面で利点が見いだされ、生活しやすい国だと感じます。
 私が現在住んでいるデユッセルドルフ市は、ノルトラインウエストファーレン州の州都で、多くの日本人が住んでいる町として有名です。実際は、市における外国人在住の順位から見れば、七、八番目なのですが、多くの日本商社の支店があり、経済面で影響力があり、日本人がいちばん多いと思われがちです。
 ノルトラインウエストフアーレン州には、豊かな地下資源を埋蔵したルール地方があり、人口密度も高く、昔から隣国のオランダやフランスとの国境争いを繰り返してきました。昨年の州選挙では、シュレーダー元首相の属するSPDが現首相の属するCDU政党に敗北し、まだ首相の任期が1年残っているにもかかわらず、国会を解散し、総選挙で国民の信頼を問うたのですが、そこでも敗北し、政権は現在のメルケル氏に交替したことは周知の通りです。
 自然環境はオランダに近く、アルプスから発したライン川が、コブレンツ、ボン、ケルンを通り、ここデュッセルドルフの町の中心を蛇行しながら、ゆっくり北西へと流れています。河岸から見る町の景観は美しく、いつ見ても飽きません。
 約30年前、85%だった町のカトリック信者は、残念ながら限在では35%に減り、プロテスタント30%、イスラム教30%です。それでも、町の伝統的な祝祭日は今でもカトリック教会由来のものが昔通りに町をあげて祝われています。年の初めは公現祭。カトリック教会では、子供たちがグループに分かれて、父兄と一緒に三人の博士たちの装束で各家庭を訪問し、家を祝福し、募金をし、そのお金を教区がまとめて発展途上国へ送っています。
 次はカーニバル。灰の水曜日の前の月曜日は「バラの祝日」と呼ばれ、休日で、マインツ、ケルン、そしてデュッセルドルフの町では、大々的なカーニバル行列が行われます。今年のデュッセルドルフのカーニバルにも、宗派・民族を超えて百万以上の人たちが見物に集まり、子供たちは台車からばら撒かれるキャラメル・お菓子類をそれぞれの袋いっぱい集めて喜々としていました。
 次はご復活祭。そして七月には、町の守護聖人アポリナーリスの祝日が一週間にわたって祝われます。ラインの河川敷には、キルミスといって、様々な娯楽施設が設置され、これも宗派・民族を超えた子供連れの家族で賑わいます。最後の日は花火大会。たった20分ですが、毎年3、40万の人が何時間も前から河岸に座ってこの20の花火を辛抱強く待つ姿に、私はいつも感心しています。
 長い夏休みが終わった後は、秋の収穫祭、聖マルティン、聖ニコラウス、そしてクリスマスと、子供たちと一緒に祝う祝日が目白押しといっていいくらいに続きます。
 ドイツのクリスマスの祝い方の特徴は、各家庭で待降節カレンダーを使って、四週間前から準備する点です。このカレンダーは各種ありますが、子供たちと一緒に準備する家庭は、5、6分で読み終える程度の待降節物語と簡単な工作をした日めくりカレンダーを使います。町の行事としては、待降節中、町の中心にクリスマス・マーケットが設置され、近隣のオランダやベルギーからも毎日多くの人が観光バスで見物に訪れるほどです。私たちも小さな山小屋風のお店々持っていて、ミニ書店を毎日開きます。このミニ書店を、約40人のボランティアが交替で手伝ってくださり、とても感謝しています。最初の頃は協力者を見つけるのが大変でしたが、最近は私たちが感謝の意を表すと「いいえ、シスター、私の方こそ手伝わせていただき感謝しています」と感謝され、協働の意味を考えさせられました。このミニ書店の運営は私の仕事で、飾り付けから仕入れ、協力者との会合、プログラムつくりと、いろいろと人と接する機会が多く、電話嫌いだった私も今では電話が苦にならなくなりました。
 カトリック人口、そして司祭・修道者の減少により、私がドイツに来てからだけでも3つの修道会が閉鎖し、今年もまた一つの修道会がドイツを去る予定です。修道会が閉鎖されるということは、修道会が経営してきた教育・社会・福祉事業も一般の経営団体に移り、キリスト教的な精神が薄まっていくということで、いつも心が痛みます。
 私たち聖パウロ女子修道会は42年前にこの地に来て以来、一貫して出版使徒職の仕事に携わっています。現在はデュッセルドルフの他にニュールンベルグとインゴルシユタットにも修道院と書院があり、7カ国出身の16人のシスターがいます。私の属する共同体は5人ですが、それも5ヵ国出身です。日常会話はドイツ語ですが、全員が3、4ヵ国語を話します。
 私の任務は書院勤務のほかに院長職と会計を兼任しており、毎日何かと雑用に追われている感じです。町には6人の宮崎カリタス会のシスター方と神言会の浜口神父様がおられ、いつも心強く思っています。浜口神父様は月に2回、私たちの修道院でドイツ語のミサを捧げてくださり、とても感謝しています。
 昨年休暇で日本に帰国したとき、居間でうたた寝をしたところ、翌朝義妹から「お柿さん、夕べドイツ語で寝言を言っていたわよ」と言われました。そのときは二人で大笑いになったのでしたが、後になって、ドイツでの20年の重みを感じました。ドイツという国から、この国と世界の変動を見せていただいた20年間、主からいただいた内的な恵みも多く、ただ感謝の一言につきます。将来、何が起こるかわかりませんが、「修道会が望むところは教会が望むところ、教会が望むところは神の望むところ」という言葉にこれからも信頼して、次の20年の第一歩を喜びのうちに踏み出そうと考えています。

2006年12月




ケニヤからのお便り(ナイロビ・ソウェトにて)

神言会司祭 佐藤 新
日本カトリック海外宣教者を支援する会の皆様へ
 ふと気が付けばすでに待降節も間近に迫り、ますます忙しい毎日が続いていることと思います。いかがお過ごしでしょうか。しばらくご無沙汰しておりましたが、ソウェトの小教区と管区の仕事、どちらも楽しくやっております。
 特にソウェトの小教区にとって今年はなかなか盛りだくさんな一年でした。7月の終わりには小教区の保護聖人である聖ヨアキムとアンのお祝いと、ナイロビの大司教さんを招いて、大勢の堅信式がありました。小学校高学年の子供たちから大人まで、この日のために1年かけて準備をしてきたわけですから、そのお祝いの時の喜びのスケールといったら、言葉ではなかなか言い表せないものでした。
 10月にはソウェトの教会の新しい聖堂建設のための資金を集める行事(こちらの言葉で「ハランベー」と呼びます)があり、これは各キリスト教小共同体が昨年からコツコツと集めたお金と、その日特別に招待された人たちからの寄付を持ち寄るというもので、ソウェトに住む私たちにとっては非常に大きなチャレンジでした。その日集まった資金はまだまだ私たちの目標とは程遠いですが、一つの共通した目的を持って何かをするという機会を通して、小教区の皆がその絆を深めることができたことを、神様に感謝した次第です。
 そちらからの皆様のお祈りとご支援にはいつも感謝しております。ソウェトのミサの中でも機会を見つけては日本の教会のためにお祈りしています。
 2007年が皆様にとって主の恵みに満ちた年になりますように。

ソウェト小教区の兄弟姉妹
ソウェト小教区の兄弟姉妹
2006年12月




中国からのお便り(香港にて)

天使の聖母宣教修道女会 シスター蓬田 トシ子
日本カトリック海外宣教者を支援する会の皆様へ  クリスマスおめでとうございます。  皆様お変わりございませんか。幼子イエスさまの光、愛、よろこびで満たされた年になりますように。
 昨年のクリスマスは手術後でしたので、カードを書く気力もありませんでしたが、今年はこうしてペンを持つことができて、うれしく思っております。沢山の方々の祈りとお心づかいによって香港での使徒職に復帰できましたことを感謝しております。こちらに戻って2回目検査結果も一応問題ありませんでしたが、体力は加齢と共に回復に時間が掛かるようです。
 喜んでください!!小さい日本人カトリック会ですが次のような嬉しい知らせです。
○ クリスマスに一人のお父さんとその二人の小さいお子さん、一人のお母さんとその小さいお子さんの洗礼があります。(成人2人、幼児3人)
○ 一人の男の子と一人のアメリカ人のレディ(父アメリカ人、母日本人)が初聖体の秘跡を受けます。
○ 来春の復活祭に向けての受洗。初聖体の準備も同時進行中です。
○ 月1回の刑務所訪問も続けております。洗礼を望んでおりますが、月2回の面会しか許されていませんので、準備の本を差し入れています。どうなることでしょうか、どうぞお祈りくださいませ。
 ともかく家庭訪問による、あるいはミサ前の準備に忙しいのですが、主が働かせて下さるうちは感謝しながら、一瞬一瞬を大事にして、生きたいと願っております。祈りによるご支援を!
 PS:何時も「きずな」をお送りくださり、ありがとうございます。各地の宣教者の方々のご活躍ぶりを読ませて頂き、励まされております。また、香港の恵まれていることをありがたいと思わずにはおられません。よいお年を!!
2006年12月




ハイチからのお便り

レデンプトリスチン修道会 シスター飯村 美紀子
日本カトリック海外宣教者を支援する会の皆様へ
 †主の御降誕と新年あけましておめでとうございます。
 お寒さの中、お元気にお過ごしでいらっしゃいましょうか? いつもハイチのために「きずな」および他の種々の雑誌などをお送り下さいまして、心から感謝を致しております。界各地で活躍しておられる司祭、シスター方の近況を知りますことは、私にとりまして大変励みになっております。私は修道院内で、祭服やオーブの製作に当たっておりますが、日々の祈り、聖務日課の祈りによって皆様方の活動に参加させて頂いております。
 こちらハイチは、以前にも治安が悪くなり、人々は心配の中で生活しております。と申しますのは、ここ数年、誰彼もなく人質にとり、高額のお金を要求することが流行ってきているのです。先週には15名もの学生が人質となり、両親方は自分の子供を解放してもらうために、多額のお金を支払うという事件も起きています。また司祭やシスター方も犠牲になっているのです。どうぞハイチのためにお祈りくださいますように。
 海外宣教者のために尽くしておられる、事務局の皆様方の上に主の豊かな祝福をお祈り申し上げます。お寒さの中お風邪など召さぬようにお気をつけ下さいますように。
 心からの感謝をこめて。

2006年12月




ボリビアからのお便り(サンタ・クルスにて)

宮崎カリタス修道女会 シスター末吉 順子/松下 春江/井出 暁子/ルルデス
日本カトリック海外宣教者を支援する会の皆様へ
「キリストの平和があなた方の心を支配しますように!」(コロサイ3:15)
 謹んで主のご降誕と新年のご挨拶を申し上げます。
 これまでの多大なご支援ありがたく、感謝しております。これからもよろしくお願い申し上げます。
 新しい年も神さまの豊かな祝福がありますようにお祈りいたします。
 手違いで遅れてしまいましたが、7月に行われたオキナワ移住地の周りにある14ヶ所の村の青年研修会の集いの写真を送ります。

青年研修会の様子
青年研修会の様子
2006年12月